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蛇の巣穴の吉祥果



アジトの引越しを控えた本日。


名前はいつもの部屋とは違う、そしていつもの部屋よりも厳重に鍵の掛けられた部屋に閉じ込められていた。
引越しに乗じてトンズラしようとしていたところを大蛇丸に見付かり、大人しくしてなさいと、ここに放り込まれたというわけだ。



「キミも馬鹿だね」

食事を片付けに訪れたカブトが、思いきり鼻で笑う。

「引越すタイミングなんて、警戒するに決まってるじゃないか。どさくさに紛れてなんて、そんな雑な方法で大蛇丸様を煙にまけると思ったのかい?」

「うるさいなー、さっさと持ってっちゃって下さいよ。あと今度からは、スープからはセロリ抜いて下さい」

「分かった、セロリ多めだね」

「メガネ割れろ!」

呪詛の言葉も虚しく、カブトは薄暗い廊下の奥に消えてゆく。

引越しは今日の正午過ぎという話だったので、あと数時間は暇ということになる。今回の脱出作戦は、名前自身も成功すると思ってやったわけではない。言うなれば「お試し」だった。脱出を試みればどんな反応をされるのか。どういうトラップがあるのか。それを確かめたかった。


「しかしあの対応の早さ、もしかしたらチャクラか何かでマーキングされてる…?」

もしそうならば、いくらこそこそしようと行動が筒抜けになってしまう。目印がつけられているか否か、そしてつけられているならば解除の方法は無いかを確認しなければならない。
また脱出のためのチェック項目が増えてしまった。


「ま、何にせよ今日はもうやる事ないですね。本でも読んでよう……」

先日サスケの部屋からパクってきた、もとい拝借してきた本を開く。チャクラの通り道、つまり経絡系に関する書籍だ。サスケはチャクラ効率とか性質・形態変化の修行のためにこれを読んでいたのかも知れないが、医療忍術のためにも重要になる知識だ。
治療のためのチャクラを対象の経絡系に上手く流し込めば、少ないチャクラ量で広い範囲の治療が可能となるらしい。


しばらく本に没頭し、自分の腕や脚を実際に押さえながら経絡系を確認していると、ふと廊下の奥から物音が聞こえた。
ドアの小窓から覗いてみるが、まだ午前だというのに相変わらず薄暗い廊下には何も見えない。しかし気配だけで何となく、大蛇丸だろうというのは確信できた。


こうして部屋に閉じ込められ、緊張しながら大蛇丸の気配に集中していると、ここに来てすぐの頃を思い出す。

あの頃は、こんなに暗くて狭くて陰気臭い部屋に閉じ込められたままなのかと、考えただけで頭がおかしくなりそうだった。あの頃と比べると、アジトの中だけでも自由に歩き回れるようになっただけマシというものだ。
脱出を試みるのは良いが、またああいう状況に陥らないよう気を付けなければいけない。


程なくして、ドアのすぐ向こうでガチャガチャと鍵束をいじる音、そして鍵の開く音がした。
開いたドアの隙間から、廊下の蝋燭の灯りが差し込む。


「名前、大人しくしてる?」

「せざるを得ませんので」

部屋に入ってきた大蛇丸は、驚いたことに、その手に湯呑みの乗ったお盆を携えていた。

「そう拗ねないで頂戴。お茶と、お菓子もあるわよ」

「……大蛇丸さんがお茶淹れたんデスか」

「まさか。カブトよ」

「ですよねー」

大蛇丸は壁に避けてあった小椅子を引き寄せ座ると、作業机の上にお盆を置いた。まだ湯気の立つお茶が入った湯呑みが2つと、お茶菓子が2人分。
この人の持ってきた食べ物を、不用意に口にして良いものか。少し考えたが、普段からここで飲み食いしているんだし今更か。と思いなおし、お菓子の包み紙を剥がす。

「あ、もなか。わーい、いただきます!」

さくさくと軽い音を立ててもなかを食べている名前を、何が面白いのか、大蛇丸は飽きもせず見ている。

「……大蛇丸さん」

「なに?」

「見られていると食べづらいです」

「そう」

「あとそれ、食べないならください」

大蛇丸のぶんのもなかを指差すと、大蛇丸は快くそれを名前に差し出した。


「……相変わらずね、あなたは」

「ふぁひがでふ」

「食べてから喋りなさい」

名前はもくもくと口を動かし、口の中に残っていた餡子をお茶で飲みくだす。

「なにがです」

「ん、ああ。相変わらず能天気ねってことよ。もう少し必死に逃げるかと思っていたわ。…………今日、本気で逃げようとしていなかったでしょう」


どうやら、何もかもお見通しのようだった。名前が、何でバレるんだろうと不思議そうで不服そうな顔をすると、大蛇丸は上機嫌に薄く笑みを浮かべた。

「それで、良い逃げ方は分かったかしら?」

「…………いえ、それが全く」

「そうでしょうね。私のアジトには幾重にも結界が張ってある。あなたには突破出来ないわ」


分かんないデスよー?と挑発したいが、名前はその言葉をぐっと飲み込んだ。ここは「名前には脱出は不可能」と思わせておくのが得策だ。いつの世も、油断は隙を生むものなのだ。

この人相手には、隙を突かないことには名前に勝ち目はない。



「……はぁ。出られないなら出られないで、せめて理由が知りたいんですけどね。なぜ私はここに閉じ込められなきゃいけないのか」

もなかの包み紙で鶴を折りながら、名前は大蛇丸をじとと睨む。包み紙は柔らかく、折り目をつけようと爪を立てても中々綺麗には折れていない。

「理由ね……理由があれば納得するかしら?納得すれば諦めるかしら?」

「それとこれとは話が違います」

「そうね、理由……」

蛇のような相貌が、名前を捉える。偶然なのかわざとなのか、名前は手元の鶴もどきに目線を落としていて気付いていない。


「…………あなたが、特別だから……かしらね」

え、と顔を上げた名前の頬を、大蛇丸の白い指がするりと撫でる。

「それって、どう……いう……」

名前の手元から力が抜け、折りかけの鶴が無惨に潰れる。大蛇丸は手を伸ばし、ふらりと傾いた名前の身体を支えた。

そのまま名前を横抱きにし、暗い廊下へと出る。




「やはりその娘は連れて行くんですね」

不満気な態度を隠すこともせずに、カブトが言う。大蛇丸を待っていたのか、旅支度は済んでいるようだ。

「嫌そうね。この子が鬱陶しい?」

「……ええ」

「心配しなくても、私が第一に信頼を置いているのはお前よ、カブト」

クックッと喉の奥で笑う大蛇丸に対し、からかわないで下さい。とカブトは溜め息をつく。

「そろそろ教えて下さっても良いのではないですか?名前のどこに、そんなに興味がおありなのか。勿論、あの傍若無人な性格以外で、ですが」

「…………お前は本当に聡いわね」



「なんとなく」「気に入った」のだと、大蛇丸は言う。

しかしそれはあくまで「実験体として危害を加えない」理由に過ぎないことを、既にカブトは見抜いていた。

気に入ったから、連れて来た。更に気に入ったから、実験材料としてではなく一個の愛玩物として手元に置いている。言うなれば名前はある意味、サスケに近い立場と言えた。


「……ただ、肝心のそこが分からないんですよ。なぜ大蛇丸様は、あの娘を見初めたのか。特殊な血継限界を持つわけでも、奇異な遺伝子を持つわけでもない名前を……」

「持っているのよ、特殊なものを。この私ですら、今まで見たことのない……」



カブトの顔に、驚きの色が浮かぶ。これまで名前と接してきて、特にこれといった特殊能力や、まして大蛇丸が気に入るような才能を感じたことなど一度もなかった。
一体名前の何が特別だというのか。

その先の答えを促すように大蛇丸を見やると、大蛇丸は腕の中の名前に妖しい微笑を落とし、言った。


「気付かないかしら?この子のチャクラ、チャクラとして機能してはいるけれど……本質的には、私たちのチャクラとは全く異なる、未知のちからなのよ」

「全く……未知の?しかし、忍術は使えています。確かに、チャクラの安定にアンバランスな所はありますが……」

「そう、チャクラとして一応機能はするけれど、チャクラとして長時間安定はしない。だからチャクラを炎に変化させたり、治癒のちからに変換することは得意でも、チャクラをチャクラのまま維持しなければならない術……例えば、分身の術なんかは」

「あ……」


火遁や医療忍術はそこそこ使えるくせに、分身の術だけがどうにも出来ないという名前。

誰にでも得手不得手があると彼女はボヤいていたが、普通の忍ならばそうはならない。「普通の」チャクラならば。


「分かるかしら?この子が持つ異質なチャクラ……いや、チャクラもどきと言うべきかしら。これは、これまでの忍術の常識を根本から覆す可能性がある……ゆえに、私はこの子を手放すつもりは無いわ。この子が一体「何」なのか、それを突き止めるまでは……」



カブトは改めて、大蛇丸の腕の中で眠らされている少女に視線を向ける。
その眼には僅かの憐れみと、そして羨望の色が混ざっていた。






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忘れがちだけど、そういえば異世界人だもの




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