FLAME−HERO
3


落ちる、落ちる、落っこちる。



四階からッッ!!!



落ちッ…――――すたんっ。


(すたんっ?)


……………。

…おぉ……

着地できた………!


荒れ放題の草地の上、10,0の着地ポーズのまま、フォーコは感動と安心で泣きそうになった。

どうやら魔女の魔法でなってしまったヒーローは、見かけ倒しじゃないらしい。よかったーあ〜よかったー。

「マジで……死ぬかと思った……!」

ホーッと息を吐く胸を撫で下ろす。いやホント、走馬灯が走ったよ……。
それにしても、Ζさんてばヒドい事をする。一歩間違えれば死んでたぞチクショー!覚えてろ!

四階を仰ぎ見て、フォーコは歯噛みする。其処には既にΖの姿は無かった。

「まったく……」

息を吐いて後ろを向く。顔を上げると、



殺人鬼が。



「…エ゙ ッ !?」

月を背後に、ブラッディハグ。
無言、無音で、両手を広げて。
ぎらり、凶器が月光に輝いた。

「ウワーーーーーーーーー!!!」

フォーコが跳び下がったのと、ブラッディハグが腕を閉じたのは同時であった。
“あれっ”と首を傾げて、殺人鬼は己の棘まみれの大きな両手を見る。そこに被害者は、居ない。
キョロキョロ箱入り頭を動かすと、……“あっ見ーつけたー。”
雑草を踏み分け、そちらへ向かう。

(な、何が“ダメージが溜まってるから勝てる”だよぉΖさんのバカぁあああ!!無理!無理だし!!しかもなんかムチャクチャ元気そうだし!!)

フォーコは必死に走っていた。草地を抜けると、ボロボロアスファルトの駐車場に辿り着く。肩で息をしながら振り返ると、……居た。こっちに来ている真っ直ぐ来ている。背中を恐怖が舐めた。

接近したら絶対やられる……!
武器………武器、なんか、ないか!!?

見渡す。何か、何か、何か………

……無い。

ドチクショー殴って蹴って勝てってかァアアア無理じゃボケエエエエ

なんてしている間に、ブラッディハグはもうすぐそこまでやってきていた。
一歩、また一歩、と。

「…………クソぅ」

悪態を吐く。

もう
やるしか
ないじゃないか!!

「かっ……かかってきなさいッ」

赤いヒーローは拳を構えた。あぁ、もしも、もしも生還できたのなら、何かいい決め台詞考えとかないとなぁ………あっ、こんな事になるからヒーローの皆さんはカッコイイ決め台詞もってるのね。と、思いながら。

ブラッディハグがゆっくり来る。揺らめく様な足取りで、手を広げて。禍々しい凶器を曝して。

間合いがつまる――――五メートル、ぐらいか。
フォーコは覚悟を決めて、グッと足に力を込めた。

………その時!



べしゃっ。



と、コケた。
ブラッディハグが思いっ切りすっ転んだ。
いきなりよろめいて顔面受身した。

(ビッ …クリしたァアアア!!)

それにフォーコが失禁どころか脱糞しそうな程ビビったのは、また別のお話。

殺人鬼はうつ伏せたまま動かない。フォーコがドキドキしながら見守っていると、ややあって何事もなかったかの様にムクリと起き上がった。ヒーローはまたビクリとした。
……だが、ブラッディハグは途端にフラリと上体を揺らし、そのままその場にへたり込んでしまう。“あれ?”と、ベコベコに凹みまくった頭の箱を不思議そうに抱えながら。

どうやら、Ζの攻撃によるダメージは予想以上に蓄積しているようだ。

痛々しい出で立ちをした殺人鬼も、ちゃんと痛みを感じるらしい。俯いて頭を抱え、じっとうずくまっている。

(今……チャンス?)

そう思ったフォーコは、一歩だけじりっと間合いをつめてみた。ブラッディハグは動かない。もう一歩。じっとしている。

(なんか)

もう一歩近寄っても、やはり。

(倒しにくいなぁ………。)

倒すべき殺人鬼は、完全に無防備。ダメージも相当蓄積している。本当に、Ζの言った通り自分でも勝てるだろう。

だが、しかし。

(なんだか……なぁ……)

殺人鬼とはいえ、彼は人間。
痛みに動けないその姿を見ていると、何だか自分がワルモノであるという感じがしてきた。

(どうしよう………)

本当に、どうしようか。

「………あの〜」

取り敢えず声をかけてみる事にした。

「大丈夫……?」

遠巻きから、“血”と書かれた箱の前面を覗き込んでみる。

「あの……えっと、なんかその………ごめんね?痛い?……いや痛いよねぇあんだけバッコンバッコンどつきまわされてたもんね……。」

返ってきたのは無反応。だが、フォーコは続ける。

「僕さぁ、ぱっと見ヒーローだけどさぁ……ホントはただの一般人なんだよねぇ〜……なんか、いきなり魔女に魔法かけられちゃってさ、それを解く為にはありったけの人を助けなきゃいけないんだ……。だから、君をやっつけないといけないんだけど………無理だよ……僕には無理だよ……だって人を殴ったことなんかないし、そもそも殴りたくないし……僕、血が苦手なんだ。だって怖いじゃない。痛いのもヤだし………。」

あ、コレただの愚痴じゃん。
心の中ではそう思っても、一旦溢れ出したそれを止める事は出来なかった。
ブラッディハグが、ちょっぴりこっちに視線を向けている………気がする。でも、もうこの際どうだっていい。聞き手が欲しかった。

「ホントはね〜……逃げたいんだ。君、殺人鬼でしょ……ムチャクチャ怖いもん。なんか、トゲトゲしてるし返り血まみれだし。でも魔法を解く為には、誰かを救う為には、……逃げちゃダメなんだよねーぇ…。なんかさー、今フッと思ったんだけど、“僕が元に戻る為”って君を殴るのは、ただのエゴだよね?僕の。そりゃ、君は殺人鬼でいっぱい人を殺してきた悪い人だけどさぁ……。なーんか、……うーん。難しいなぁ。どう思う?」

気が付けば、フォーコはブラッディハグのすぐ前に体育座りしていた。殺人鬼は頭を抱えていた手を下ろして真っ直ぐ前を見据えていた。フォーコに殺意ではない興味が沸いたらしい。

「ねぇ、そう言えば君って……言葉、解るの?一言も喋らないけど……」

すると殺人鬼は、

………頷いた。

小さくコクリと、返事をした。

「………あ、そーなんだ…へぇ。だったら話は早いや。あのさ、僕とちょっと取引しない?簡単な事だよ。僕は君をやっつけたりしない。その代わり、君はもう二度と人は殺さないって……約束してくれるかな?」

フォーコはこう思っていた。
何も彼を殴って蹴ってやっつけなくたって、彼が人を襲う事をさせなくしたら、それは“誰か=未来の被害者を助けた”事になるんじゃないか、と。

思いながら、じっと彼の目(があると思われる所)を見つめてみる。
ブラッディハグは、
……ビックリするぐらいあっさりと頷いてくれた。

「え、いいの?」

もう一度、コクリ。
と、不意にその視線が………フォーコの、後ろに向けられている気がして。慌てて振り返る――――のと、肩に手が置かれたのは、同時だった。

「……あ。」

Ζが。何処かしら呆れた様な雰囲気のΖが。

…マズい。

「…今の……話。聞き捨てならんな。」

肩の手に、力が籠もる。

「え、あ、そのぅ……、…」
「其奴は殺人鬼だぞ。」
「……。」
「面倒見れるのか?」
「やっぱり…  …へっ?」

予想外のΖの言葉に。思わず二度見。殺人鬼は二人を見比べている。

「ん。倒さない代わりに、ブラッディハグが殺人をしないよう監視下におくと言っていたのだろう。」
「…… ハイ!そうですハイ!!監視下においちゃいます!いいですよねいいですよね僕頑張ります頑張りますともハイッ!!!」
「あぁ……うむ、まぁ、頑張れよ。」
「あざーっス!」

あー。
Ζさんが天然さんでよかったー。
なんとかノリでどうにかなったぜ、やれやれだぜ。

「……そーゆー事だから、もう殺すなよブラッディハグ君!」

フォーコは振り返った。



………後で考えてみれば、嬉しかったんだと……思う。


ブラッディハグに、抱きしめられた。ギュッと。ブスッと。ザクッと。大きな手で、Ζごと。ギュッと。ブスッと。ザクッと。



二人がヒーローじゃなかったら、
丈夫な体を持ち合わせていなかったら、



おそらく、廃墟には死体がまた二つ、転がっていただろう………。







【続く】

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あきゅろす。
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