FLAME−HERO
8

「……アレ?」

気が付いたら、そこは街のど真ん中。立ち並ぶ近未来チックなビルの群に整備された広い道路、看板、街灯、etc.
そこには崩れた跡も壊れた跡もなく、あれだけ街を荒らし回っていた怪物達も不気味な巨人もいない。自分やシルフィア達の傷も消えている。

全てが元通りになっていた。

「ア、レっ……!?」

フォーコは思い返した――確か巨人に飲まれて魔女がいてヒーローになる魔法が解けて、それから……掌から炎が。真っ赤な炎が。
それから……それから?今に至る?これ僕がやったのか?
取り敢えず現状を把握すべくフォーコは辺りを見渡した。視界に映る。それは白い魔女と黒い魔女が向かい合う姿。

「アンタ……何したの?」

リリーシィの目に映ったのは――巨人の体内から吹き出した凄まじい炎が町中を駆け抜けていった光景。それの後に巨人や破壊の姿はなく、何もかもが奇麗に戻っていて。

(有り得ないわ、こんなの)

自分の魔法が打ち破られた上に、こんな。どんな魔法を使った?こんな、こんな、奇跡みたいな。
挑発的に笑みつつも、リリーシィの表情には驚きと焦り。対照的に悠然と銀の髪を掻き上げたのはミランダであった。

「奇跡よ。……私が起こしたんじゃないけどね。デウス・エクス・マキーナとでも呼びましょうか」

魔法が解けきってなくて僅かに残ったヒーローとしての力が暴走したのか、魔的なモノと触れ合ったことで一時的に魔法の力が顕れたのか、絶対の意志によって奇跡を手繰り寄せたのか……真意は不明だけれども。

「確かに言える事は、彼は『不可能を可能にした』……大した正義の味方だと思うわ」

チラリと視線でフォーコを示し。

「いいこと?リリーシィ。私の妹。悪徳の黒き魔女。良くお聴き。正義はね、馬鹿みたいに諦めが悪いのよ」
「………、」
「……まだ続ける?」
「……チッ」

大きな溜息と同時にリリーシィが跳び下がる。宙に浮かばせた魔法陣より魔法の箒を取り出すや、それを手に取った。
忌々しげに、悔しげに、ツンと表情を尖らせて、一行を睨み付ける。

「……今回はアタシの負けって事にしたげるわぁ」

突きつけた指先。心底から溢れる悔しさを噛み殺した顔で。

「次。覚悟してらっしゃい」
「受けて立つわ。いつだってね」

フンと鼻を鳴らしたのを最後に、リリーシィは箒を走らせ彼方の空へと消えていった。

(行っちゃった……)

なんだか、パッと見た限りでは本当にただの姉妹喧嘩っぽいのになぁ、なんて思いつつフォーコはリリーシィが消え去ったのを確認すると、そう言えば他の皆はと周りを見た。いた。っていうか真後ろに、ブラッディハグと静ヵ森小学校。

「いっちゃったねー」
「そうだね」
「……」
「……あのさぁフォーコ」
「うん?」
「ブラッディハグが、『ヒーロー姿じゃなくても友達でいてくれる?』って」
「……」
「ねぇ、あのさぁ、ぼくとも友達でいてくれる……?悪いことしないからさ」
「……」
「………、えっ?」
「え?」
「?」
「や、僕は僕だし……そんな。えっ、見た目は変わったけど中身は変わってないからさ、急に嫌いになったりしないよ……?」

言ってから気付いた。『一般人である自分にはもう構わないでくれ』と言われる事が嫌だったのではないか、と。

「あ……その、大丈夫だからね、うん。後で美味しいご飯食べに行こう」
「ぼくご飯食べれない」
「じゃあ映画とか」
「ッッ!!!」
(うわぁブラッディハグが異様に食い付いたッ……!)

そんな風に、わちゃわちゃ、フリーダム。遠巻きに眺めていたシルフィアは不思議で仕方なかった。殺人鬼と分かり合うだなんて。常軌を逸しているとしか言いようがない。さっきの『奇跡』といい彼は何かしら選ばれた人間なのだろうか?いや……そんな事はない。彼は普通、あくまでも極々普通。それ故に、なのかもしれない。

「不思議なものですね……」

取り敢えず、今は安堵にこの胸を任せたかった。きっと、戦い傷ついた仲間達も無事な事だろう。そしてこの安堵は直ちに世界中へ広まるのだ――。

「……ホラ、今の内にトンズラぶっこくぞ!逃げるんだよォォォッ」
「分かってるです〜喚くなボケナスです〜!」
「ァんだとテメェーー!」

パープルホリックとハッピーフラットの二人は収集が着いた今は逃げるが勝ちと一目散。厄介事が増える前に。男ハンマーの重い足音と、猛毒女の軽い足音。

一方で、ざり、と黒い靴が夜のアスファルトを踏み締める。

「フォーコ!」

呼びかける声。顔を上げる。黒いヒーローΖが常の様子でフォーコへと歩み寄って来る。だが、フォーコの表情は驚愕であった。

「ぜっ……Ζ、さん!?」
「む……どうしたフォーコ」
「か、かっ、顔」
「何だ」
「顔……そんな顔してたんですね」
「……     」

それは正に絶句。先の奇跡、運命のほんの悪戯か。バールがアスファルトに落ちるガランとした音が響く。
あの炎で直るはずだったのであろうΖのマスクは破けたまま、その愕然とした表情がフォーコの目にはしっかりと映り込んでいた。

「て言うかメチャメチャイケメンじゃないですか!!これで方向音痴じゃなかったらマジ完璧なのにッ」
「私は方向音痴ではない」
「頑なに認めませんよねホント!」
「………マスクを直してくる。お前は協会に連絡を入れておけ」
「えっ」

帽子を深く被り顔を隠し、溜息を長く重く吐き出してそれだけ言い残し。Ζはさっと踵を返すや歩き始めてしまった。

「あのっ、Ζさん!?方向音痴なんだから迷子に――」

と。一歩踏み出し、しかしΖが曲がり角を曲がる方が早く。曲がった。ガランドウだった。Ζはそこに居なかった。
ただ、足下に紙切れ一枚。


『頑張れよ、フォーコ』


「………、」

思わず拾い上げて、まじまじと目を通して、何度も読んで。何だか、フォーコは無性に泣きたくなった。なんとなくΖにはもう会えないんだと思った。マスクを直すなんて嘘なんだろうと思った。
ぐるぐる。終わったのだ、という疲労感と、達成感と、空虚感と、整理が付かない気持ち。何とも言い難いこの気持ち。

あぁ、終わったんだな。全部。

ゆっくり目を閉じた、瞼の隙間から涙が落ちる。一雫。




【続く】



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あきゅろす。
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