FLAME−HERO
7
激戦の一方、それが起こっているのかも把握できない巨人の体内――リリーシィの魔法によって作り出された亜空間。
「……今、何て?」
鏡を持ったままミランダは笑顔で聞き返した。
「いや……だから、その」
ソファーに座しているのはただの青年。フォーコという名の一般人。視線を彷徨わせ腿の上に拳を固め、居心地悪そうにモソリと動いた。
動かした目の視界の先ではシルフィアがなんとかここから出られないものかと強力な鎌鼬を壁面へと叩き込んでいる。が、ビクともしないようだ。それでもヒーローは諦めない。
そうだ、答えねば。この魔女の問い掛けに――乾いた口を開こうとして、
「あれっ?フォーコイメチェン?」
「……」
いつの間にやらフォーコの真横に座っていた静ヵ森小学校とブラッディハグが顔を覗き込んできた事で阻まれた。
「ん……何て言ったらいいのかな……。僕、実はこんなんでした」
「……?」
首を傾げたブラッディハグが禍々しい刃物状の指でフォーコの頬をつむっとつついた。サクッと刺さった。
「痛ァアーー!?」
ヒーロー状態の丈夫な身体なら精々『ちょっと痛い』で済んだのだが。刺された頬を抑えて悶絶。オロオロして取り敢えず患部を摩ろうとしてくる殺人鬼を『待て』の手で制し、いつの間にやら肩にずっしり背後霊状態の学校霊を感じつつ……涙目。魔女の苦笑が心に痛い。
「フォーコってフツーにフツーの人間だったんだねー」
「そこのミランダっていう魔女さんに魔法で……」
「魔女ですって!?」
フォーコの「痛ァアーー!?」にすっ飛んで来たのはシルフィア、油断なくミランダを見澄まし――フォーコを見、唖然。
「貴方……フォーコさん?」
「あれっ……てっきり色々気付いてたのかと」
「……」
あっ、この人以外とウッカリさん?
という事はさて置き。
フォーコは自らの事を隠さずに話した。シルフィアは魔法とやらが未だに信じられないようで狐に包まれた様子で、マイペース極まりない殺人鬼達はやはりマイペース極まりなかった。ほぼ予想通りだったが。
それから、と話を戻す。答えを待つミランダへ。
……聴衆が多くて、話し辛かったりするんだけども。
「僕は……、一般人です。ただの人間です」
目を逸らさずにハッキリと言い放った……が、尻窄み。やっぱり視線があっち向いてホイ。
「……い、痛いのとか怖いのとか戦いとか、やっぱ嫌ですし……そんな世界の命運とか僕全然ピンとこないですし……出来る事なら昨日みたいな今日がずっと平和に……こう、ね……いやその平和の為にヒーローがいるんだけども、けども……うぅん……何を言いたいんだ僕は……だんたん良く分からなくなってきたぞ……」
頭を抱えてほぼ独り言。皆の視線が痛い。胃が痛い。次の言葉を言わなくては、この沈黙に耐えられない。
「兎も角……、僕がヒーローか一般人かって言われたら、間違いなく疑いなく一般人です、僕。胸を張っ……て言える様な事じゃないっすけど。その辺のモブです」
あ、でもですよ。
「だからこそこんな馬鹿でロクでもなくってムチャクチャな事も言えるんです。……僕は一般人ですが、ヒーローにもなりたい。こんな僕でも正義の気持ちはあるんです。ご、ご都合主義極まりないって自覚はあるんですが……」
自覚があるってある意味滑稽ですよねアハハ。なんて、ああ言ってしまったと思う。我ながら、本当に、暴論だなぁと。嘘じゃないから正論っちゃ正論なのかもしれないのだけれど。
「……本当はね」
しばしの――それでいて永遠に感じる沈黙を破ったのはミランダの静かな声だった。
「貴方にまた『あの魔法』をかけてヒーローにしようかなって。でも、それじゃ意味ないわよね……それこそご都合主義だわ」
真っ直ぐフォーコを見詰める瞳は柔らかく笑んでいた。ああ美人だなこの人、なんて暢気に思う自分の頭はほとほと平和だなぁ、なんて。
「貴方は」
「あッ はいっ!?」
「……貴方は、本当に正義を信じる?」
「……信じてるか信じてないかって言われたら、信じてる方……です」
「ふふ。なら、その気持ちを信じて。忘れないで。今でこそ貴方は一般人だけれども、紛れもなくヒーローだったんだから」
「や、僕そんな大層な……」
「ウジウジめんどくさいなもー!」
「……、」
横合いから静ヵ森小学校の頭突きが。肌を切らない程度にブラッディハグが肩に手を。
「正義の味方でいてくれてありがとうございますね」
静ヵ森小学校に両頬を引っ張られているフォーコへシルフィアは一礼にて礼を述べた。いえ、と気恥ずかしさに下を向く。
されど心は軽かった。何故だろう。掌を見遣る。ヒーローかぁ、なんて。
火が灯る。
暖かい色合いが――一気に弾けて、広がって、有象無象を包み込んだ。
思わず目を閉ざす。
そして――
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