FLAME−HERO
6

魔法で作り出された炎が混沌の街に迸る。

「……チッキショーめ」

ボロボロになりながらもハッピーフラットは立ち上がった。あれからどれだけの時間が経ったか。パープルホリックの毒薬の効果も切れ、身体にどっと残ったのは疲労感。見渡す景色は未だ優勢には程遠いだろう――火でできた大蜥蜴がリリーシィの前にてこちらを睨み据えている。辺りは火の海。退路もなく、進路は絶望的。
最後に悠々自適と箒に座る魔女へと視線を戻し、鉄槌殺人鬼は問うた。

「おいクソ魔女」
「クソは余計だわぁ……で、どうかした?」
「……何で俺を、ホームセンターで買える様なただのトンカチを人間なんかにした?」

他愛もない、何気ない、問い掛け。

「あー、悪い子が増えたらそれだけあたしは強くなれるからね」
「俺はお前さんの道具ってかァ?」
「何言ってんのさ、元々『道具』じゃないアンタ」
「ッははははは、それもそーだったな。お前さんにゃ感謝してまっせぇ?」
「恋ができたから?」
「…… は?」
「えらく大事にその女の子を護ってるじゃない」

リリーシィの視線の先――ハッピーフラットの背後、度重なる魔法の強襲に倒れ伏したパープルホリックの姿が。

「馬鹿かオメー?俺ァ『道具』……魔法を解くお姫様のキッスを受けてもハンマーになるだけの極一般的なトンカチさんだぜ?」
「種族を超えた恋愛って素敵だと思うけど?」

薄笑みを浮かべる魔女の周囲が煌めく――のは、その身を守る結界が働いている証拠。強固な一撃を跳ね返されたΖの舌打ちが聞こえる。

「……もっかい言うが、『馬鹿かオメー?』俺ァ道具だっつってんだろ?」

ニタァ、とハッピーフラットの目玉が笑んだ。

「人間の為に働くのが『俺達』の役割なのさ!!」

その言葉と、パープルホリックが跳ね起きたのは、ほぼ同時であった。

「そのクソ鬱陶しい壁、私のポイズン様でぶっ殺してやるです〜〜!!」

彼女は倒れたまま――リリーシィを包む結界の分析を、それを破壊する毒の調合を行っていたのだ。時間はかかったが、それはハッピーフラットが稼いでくれた。十分過ぎる程に。
手に掲げた小さなフラスコが薄闇に光る。投げつける。飛んで行く。阻まれて、砕けて、飛び散った。

「……!」

結界が、溶ける。
その間隙に殺人鬼は鉄槌を振り上げた。魔女の目が見開かれ、同時に魔法陣を展開した掌を向けて、


閃光と轟音。


「――っ、」

衝撃の風にΖは腕で顔を覆った――見遣る。焦土。吹っ飛ばされて倒れた殺人鬼二人と、焦土の中央にて佇む魔女。その箒は砕け、彼女の足は大地に。

「……大したものね、ヒヤッとしたわぁ……」

蟀谷の傷を指先で拭い一息を吐くリリーシィ、それにΖは呆れた様に言い遣った。

「大したものだろう、特にああいった『トンでる』奴儕はな……さて」

バールで軽く肩を叩き。

「またミランダと喧嘩か?」
「わざわざ質問にしなくっても分かるでしょ……私達の『弟』なら。ねぇ、『中立の魔法使い』さん?何だって正義でも悪でもない中立のアンタがミランダ姉さんの……正義の味方をしてる訳?」

中立が、『無関心』こそがアンタの役目でしょーが。

「……中立はどっちにも靡く可能性があるんだよ、真ん中だからな。相容れないお前達とは違う。それに……一時代ほど前、『史上最悪の独裁者』として一回この世を滅茶苦茶にしてやっただろう?プラマイゼロだ」
「あくまで正義の味方なのね」
「うむ」

脳裏を過ぎる記憶――異端狩り達に殺されんとしていた自分を助けてくれたあの背中。何故助けたのか。自分の問いに対して答えたあの言葉をそのままに。


「――私はヒーローだからな!」


バールを構えて言い放った。
強く地を蹴る。迎撃せんと放たれた雷の矢が身体を掠める、焼く、されど一切勢いを殺さず。

「パニッシュ・ドライブ!」

急加速。一閃に駆け抜けると同時に展開された結界すらも打ち砕いてリリーシィの胴を強かに打ち据えた。

「ごふッ!?」

一切の容赦が無い轟打に魔女が吹き飛ぶ。ビルの壁面に大量の土煙を巻き上げて突っ込んだ。

「立て。掛かって来い。それだけで駄目になるお前ではあるまい?」

バールを突き付ける片手。影でできた大量の蛇が大口を開けて躍り掛かってきたのがリリーシィの返事であった。

「……あくまでも魔法は使わないのね?」

360度から襲い来る蛇と鈍器一つで攻防を繰り広げる実の弟へと、ふわり地上へ降り立ちながら。その口端からは血が滴り、赤い唇をいっそう赤く妖しく色立たせていた。

「当然だ、魔法は使わず顔も見せん」
「ちょっと見ない間に随分とまぁご立派になったじゃない、お姉ちゃん悲しいわぁ。それに、アタシに良く似た奇麗な顔なのにねぇ……残念」
「……なんとも酷い侮辱だな、屈辱的だ」
「ははっ、魔女だもん」

魔女が魔法で巨大で禍々しい鎌を召喚する。手に取る。影の蛇を振り切ったΖへ踏み込み、回り踊る様に振るった。ぶつかり合う。拮抗する。撥ね退けて、何撃も打ち合う。
最中に魔女は詠った。

「嘯き給えメフィストフェーレス、我が名の下に三を捨てよ!」

呪文によって炸裂するのは果てしない闇――しかし一閃の一撃で得た間隙を見逃さず、Ζは前へ。あくまでも前へ。傷つく事は端から承知で。

視線が合った。

互いに武器を振り下ろしたのは、同時。

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あきゅろす。
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