FLAME−HERO
5
「…………」
一方。
シルフィアはその両手で自らの顔を覆って俯いていた。
「あの……シルフィアさん?その……絶望ポーズのままフリーズしたい気持ちは痛いほど分かるんですがその……… ゴメンナサイ」
頭を下げるフォーコの傍ら、ブラッディハグと静ヵ森小学校はフリーダムにテレビゲームに興じている――そこは小広いホールの様な一室であった。
ソファーにテーブル、テレビ、雑誌や漫画、自動販売機など。如何にも『ゆっくり過ごすといいよ』と言わんばかり。
「有り得ない……なさけない……どうしようもない……私が、『風のヒーロー』とした者が、ああもアッサリ巨人に食べられてしまうなんて……嘘だといいのにどっこい現実だなんて嘘みたい……あぁぁ……Ζさんや私に全てを託してくれたヒーローさん方や全世界の皆様に向ける顔がないわぁぁぁ………」
(すっごい落ち込んでるーーー!!)
それだけ責任感や使命感が強い人なのだろうか。
――話は僅か、遡る。
「それじゃ、覚悟は良い?最終決戦よ」
シルフィアが巻き起こした風の道を辿り、一行が向かうは今もなお街を破壊し続けている巨人の方向であった。
(最終決戦……)
フォーコはごくりと唾を飲む。何だか、リアルすぎて現実感が無いような――されどこれは『本当』の出来事であり、夢でもなく、実際にこの目で見ている光景なのである。
あれを倒せば、僕は『一般人』に戻れるのだろうか。
思い返す――薄く微笑む魔女の言葉。
『その魔法を解きたいのなら、ありったけの人間を助けなさい』
これ、巨人を倒したら世界中の人を助けたって事でしょ?
とうとう戻れるのかぁ〜……これでもう危なっかしい目に遭ったり痛い目に遭ったりしないで済むのかぁ〜……
「フォーコ、なにボサァーッてしてんの?しかも超にやけてるし」
「……」
「ブラッディハグが『このドスケベ』だって!このドスケベ!!」
「……」
「何でだよ!何でそうなったんだよ!二人して人のこと指さすな!!怒りますよ!」
なんて、悠長に構えていたのがいけなかったりするのだろうか……
「!! 巨人がこっちを見たわ!」
シルフィアの声にハッとして顔を上げてみれば、不気味なそれがこちらに顔を向けているという光景が。
「……!」
視線が合った、そう思った次の瞬間。
巨人の、そのサイズに見合う馬鹿でかい口が大きく開かれて――……
(こうなったわけだ)
浅く吐く溜息。フォーコは取り敢えずソファーに腰掛けた。シルフィアがブツブツと絶望している声と、殺人鬼達がワイワイとゲーム(殺人鬼から逃げるというホラーゲームらしい……)をやっている音が聞こえる。それを浅く耳に聞きながら、ぐるりと辺りを見渡してみた――一体全体何がどうなってあの巨人の体内がこんな団欒室みたいになってるんだ――ガタコンという音と共に自販機でジュースを買っている見知らぬ女もいるし――見知らぬ――え、ちょっと待て。
「ちょっ!?」
「ん?」
ミルクティーの缶を手に、彼女は銀の髪を掻きあげてこちらを向いた。呪術的な装束、そして何よりその顔……フォーコには、見覚えがある。
「魔女!!?」
見間違えるものか。
それは、
自分に魔法をかけた魔女であった。
「あっ、誰?」
「ちょぉおい!貴方が魔法をかけた一般人Cですよ!覚えてないんですか!?」
「……」
首を傾げる銀の魔女。一先ず手近なソファーに座って、ポンと手を打ち。
「あぁ!あの時の、ヒーローになる魔法をかけたパッとしない子!」
「……… ハイ パットシナイコデ スミマセン」
「久し振りねぇ」
「あ、はい、……ってか、何でここに貴方が?」
「うーん、話すと長いんだけどねぇ……」
魔女はくすりと苦笑を浮かべた。
「姉妹喧嘩よ」
「……はい?」
「リリーシィ……黒い魔女には会った?あの子は私の妹」
「え、えぇぇ!?」
「いいリアクションね」
面白いわと含み笑う。それから驚くフォーコを余所に、彼女は自身を『正義の魔女』ミランダだと名乗った。『悪徳』とは対を成す、実の姉妹なのだと言う。
「ほんの些細な事よ。それでいていつもの事。『正義と悪はどっちが強いか』――昔っからね、ずっと喧嘩してるのよ、私達」
それがある種のコミュニケーションだったりするんだけどね。相容れないのが運命なのよ。あ、嫌いではないんだけどね?可愛い妹だもの。
「それで、今回のコレ。ちょっと気を抜いた時に閉じ込められちゃったのよねぇ、この亜空間に」
分かってくれたかしら、と。
「……分からなきゃどうしようもないですよね」
「理解が早くて助かるわ」
「でっ……でも、そんな、こんな事言うのは……その、おこがましいって言うか、あの」
「言ってご覧なさいな」
向かい合ったソファー。しどけなく足を組んだミランダが前のテーブルに缶を置く。
「し、姉妹喧嘩で……この街はメチャクチャになったんですか?」
それは、あまりにも理不尽に感じた。ミランダがスッと目を細める。
「そうね……たかだか姉妹喧嘩、って腑に落ちないでしょうね。でもね人間さん、お聴きなさいな。私達は貴方達の概念でもあるのよ?貴方達の『正義』が私を、貴方達の『悪』があの子を、それぞれ生んだ。そして私達はその概念が無いと生きてゆけない、その概念こそが力の源、必要不可欠な酸素みたいなものなのよ」
分かるかしら、と続ける。ニッコリ笑って。この状況。分かるかしら。
「………!」
理解した。
この状況。
自分達『正義』が不利な状況。
それはつまり、世の『悪』がそれだけ大きいという事。
何と言葉を発したら良いのか。
知らずにフォーコは俯き、足の上に置いた拳を握りしめる。
じゃあ、自分達は一体、何の為に。
「このままだと私、いや……私達、負けちゃうかも」
遣る瀬無い気持ちだった。そんなフォーコに、されど魔女は笑みを消さない。
「さて、ここでちょっとこれを見て欲しいんだけど」
魔法で作り出した鏡を見せる。
そこに映っていた、のは――
魔法をかけられる前のフォーコだった。
「!?あれっ?戻ってる!?」
慌てて己の身体を確かめる。ヒーローのあの赤い姿じゃない、普段の――普段だった姿、一般人だった頃の。
どうして?
「魔法が解けたみたいね。とっくの昔にノルマは達成してたから、いつ解けてもおかしくない状況だったもの」
「なんと……」
「良かったわね、これで貴方は正義の義務から解放された」
「……」
嘘じゃないらしい。
これで、もう――危ない、目、には、……
「……、」
しかし思い返すのは、ヒーローとしての日々。
あれがもう手の届かない所に行ってしまうのか、そう思うと、なんだか、胸に穴があいた様な。
それに――まだ、Ζさんやシルフィアさんが。他のヒーロー達が、顔も知らない皆々が。
「どうする?フォーコ。世界は危機に瀕している。貴方の出番じゃなくって?……さぁ、選びなさい」
顔を上げた彼へ、問う。
「貴方は『一般人』?それとも……『ヒーロー』?」
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