FLAME−HERO
1
そのニュースは瞬く間に世界中へ広まった。
『緊急速報、海上都市“ポセイドン”に巨人が出現。巨人は体表から生命体を生み出す能力も備えており、“ポセイドン”は壊滅状態――』
「――ッく!!」
巨人の振り回す腕がヒーローの体を掠めた。
「シルフィア!!」
ビルの屋上に居た別のヒーローが彼女を案じて呼びかける。平気、と風使いのヒーロー・シルフィアは気流を操り飛行しながら彼へと答える。
そうかと返事をしたそのヒーローは影を操り、巨人へと影で出来た鋭い大槍を飛ばした。
それは巨人の顔面――目も鼻も口もない、影よりも黒い色をしたそのど真ん中に命中する。
(どうだ………!)
影使いのヒーローは般若を象った仮面の奥から鋭い視線をキッと投げ掛けた。炸裂の硝煙、黒く霧散する影、かくして――その彼方には、
大きな、手が
…あ、
圧し、潰され、
「―― !!」
絶叫の様に彼の名を呼んだシルフィアの声は、巨人の大きな手によるビル破壊の音に掻き消える。ズズズズズ。倒壊、落ちて、崩れて、土煙と共に消えたビル。
よくもと叫んだ。視界の先には立ち上る土煙と崩壊音の中で揺らめく巨影。飛ばす真空刃。それは空気を鋭く切り裂いて巨人に当たるが小さな掠り傷が出来ただけ。舌打ち。
そう言えばとそこで気付く。そう言えば、そう言えば。
他の仲間の攻撃が確認できない。
「――ッ……」
予想できる事はたった一つ。
他の仲間は、もう――
口の無い巨人の咆哮、台地に溢れる数多の異形、轟音、衝撃、ヒーローの視界が暗転する。
***
我々が最後のヒーローだ、と伝えられた。
先輩ヒーローからの言葉に、フォーコは頷きを返事とする。
大まかな話は、こうだ。
『海上都市に現れた謎の巨人とそれが生み出し続けている怪物を倒せ』
思えば初めての『ヒーローらしい』任務かもしれない。
今度の相手は残忍で頭の捻子がブッ飛んだ殺人鬼でもポルターガイストでもない。
巨人。
+αクリーチャー。
もし――もし、それ『だけ』だったらちょっとだけ喜んだに違いない。
ヒーローっぽいですね!って。
ところがどっこい、どっこいなのだ。
先輩ヒーローのΖはこう言った。
「討伐に当たった全てのヒーローがやられた。全て、だ。ありとあらゆるヒーローが挑んだが駄目だった。……世界に残されたヒーローは、フォーコ。お前と私の二人だけだ」
絶望した。正直絶望したし今までの殺人鬼達との死闘が可愛く思えてきた。
「だって、挑んだヒーローが全員……それこそ世界中の、全員が全員、倒せなかったんでしょう!?そ、そんなの絶対無理ですよΖさん!僕ら二人だけでそんな!無謀ですよ!!」
と、訊いた途端に言い返したのはそれなりに前の事で。
「それでも」
いつもの愛バールで軽く肩を叩きつつ黒いヒーローは言う。いつもの声で。沈着な声で。
「私達はヒーローだ。違うか」
それが全てだ、と言わんばかり。たったそれだけ。実に簡潔。
逃げ道は無い。逃げる事は許されない。
YESと言うほかに道は無い。術は無い。
「我々が最後のヒーローだ」
頷きを返事とする他に、無かった。
「遂に僕は今日、死ぬのかもしれない」
協会の瞬間移動装置によって到着した現場、港――海上都市“ポセイドン”は海上『都市』の名に相応しい、近未来チックな建物同士が天高く入り組んでいる町――だったのだろう。
今や見る影無し……いや、残された案内板や残骸からも十分に慮る事は出来る。きっと素晴らしかったのだろう。ハイテクノロジーと凝ったデザインに彩られて。
きっと今みたいな真っ赤な夕焼けにもキラキラ電気に輝いて、その存在をまざまざと眼前に広げてくれていた事だろう。
今は、違う。
建物は壊され、電気は止まり、車はひっくり返り、道路は陥没し、瓦礫やガラスが散乱し、壊され、壊され、壊されている。
酷い有様だ――やっぱり、絶対、遂に、僕は、今日、死ぬのかも、しれない。
「まぁたそんなこと言ってーー。さっきから、ずーーっとそればっかじゃあないか」
フォーコが吐いた重苦しい溜息の直後、彼の肩からヒョイと顔を覗き込んだのはここ最近のフォーコの肩こり原因である静ヵ森小学校、その半透明で幼い顔だった。
「……七不思議がキュートに思えてくるレベル……」
「何ソレ!?ぼくのこと褒めてんのありがとう!!」
「元気で良いよなぁお前は」
「死んでもイキイキ フォーコ君が死んだら『ぼく』のところで、あの学校で、一緒にくらそう?」
「ウワァ……」
もうどう返事したら良いものか。「幽霊ってねぇご飯いらないんだ、だから家庭科室は全然使わないんだよ」と無邪気に教えてくれる己が背後霊にフォーコはまた深く溜息を吐いた。
「フォーコ」
その数歩前、惨劇に包まれた街を見渡しつつゼータが言う。こんな状況でも彼は普段通りで――だからこそ頼もしいのだ、とフォーコは先輩ヒーローに意識を向ける。
「あんまり溜息を吐いていると幸せが逃げるぞ」
「……、 は、ハイ」
この人ってこういう迷信信じてるんだろうか。オバケは居ると断言したり(いや実際居たけど)、その度肝を抜くミステリアスは留まる所を知らない。
全く変な……じゃなくって不思議な人だ。そう思いながらフォーコは彼の横に並んだ。
「住人の避難は既に完了している」
「はい」
「つまり我々の任務はたった一つ」
「戦って、勝て、ですね」
「そうだ」
構える。僅かずつ――だが確実に近付いている殺気。敵意。気配。居る。大量の何か。
(正直……、怖い)
フォーコは拳を握り締める。正直怖い。本当に怖い。死ぬかもしれない。勝率なんてあるのだろうか。それに戦闘だって、全然慣れちゃいないんだ。『前』から殴り合いの喧嘩とかした事すら無いのに。
近付いてくる気配――その中で思う。
この戦いに勝利する事が出来たら、自分にかけられた魔女の魔法は解けるのだろうか。
『その魔法を解きたいのなら、ありったけの人間を助けなさい。』
ニンマリ笑う唇、それが紡ぐ魔女の声が脳内で蘇る。
(勝てたら、生きてたら、の話だけどな)
自嘲、或いは恐怖を紛らわせる為か。
その赤い肩にポンと手が置かれる。大丈夫できるできる――そんな事を言っているかの様な。あぁ、そうだ、大丈夫、かもしれないんだ。こいつの言ってる通り……
こい、つの……
こいつ?
「!!?」
超マッハで振り返る、そこには。
「……ブ、ブラッディハグ!!?いつの間に……ってか何処から!!?」
イエーイ。刃物の指でピースする殺人鬼の姿。フム、と感心する様なΖの声が横から。
「ブラッディハグ、協力してくれるのか」
「…」
「そうか、有難い」
「えっ ちょっ 何その超次元会話」
「何だどうしたフォーコ?ブラッディハグならさっき、そこの――」
と、Ζがバールで示した先には港、海、ザザーンと波音、夕紅色に染まっている。
「――海から普通にやって来たじゃないか」
「海からやって来るのを『普通』とは普通言いませんよΖさん」
呆れて口元が笑みの形に引き攣る。そう言えばブラッディハグはボトボトだ。ボトボトだし磯の香りがする。泳いできた……のだろうか。しかし何故こうも僕の位置が分かる。
「助けに来てくれたんだよ」
静ヵ森小学校がフォーコの肩から言う。
「『友達だから』だって」
ブラッディハグのサムズアップ。……全く、奇妙で不気味な友人ができたものだ。
だが、この絶望的な状況では嬉しいし有難いし、そもそも遥々(かどうか詳しい事は知らんが)来てくれたのだ。自分の為。ありがとう、と伝えておく。
「さて」
一区切りを入れるΖの声。ヒーロー二人と殺人鬼二人。正式には『人』と呼ぶべきでない者が内に混ざってはいるが。
その四つをぐるりと取り囲んでいたのは――不気味で歪な怪物達、あの巨人から生み出された異形達。
「――始めよう」
刹那、一斉に地を蹴る――
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