FLAME−HERO
10


「…………『――――、』……」


最初、フォーコはサッパリ理解できなかった。

今、僕は何したんだっけ。
何で、静ヵ森小学校があんなにもビックリした様子でこっちを見ているんだっけ。
さっき、僕は何をしたんだっけ。

しばし呆然と、唖然と、何かを言い放ったままの口をして、突っ立っていた。

「………え、 …いいの?」

グスリと涙を手の甲で拭い拭い、涙声の静ヵ森小学校がおずおずと訊ねてくる。
ので、逆にフォーコは訊き返してしまった。「何が」、と。

「『何が』、って……自分でさっき、言ったんじゃあないか。―――『それじゃあ、僕の背後霊になりなよ』って……。」
「  ……… え?」
「だからボク、聞き返したんじゃんか。『いいの?』って。」
「……………。」

ちょっと待て、  ……あ、いや、思い出した。思い出したわ。
僕は。
確かに僕は、言った。思い出した。


――それじゃあ、僕の背後霊になりなよ――


そう、この学校の話を聞いて、泣きじゃくるその姿に居た堪れなくなって、それで、それで……

(……ついつい口から出ちゃった、けども)

フォーコは口元を隠す様に手を遣った。

僕はなんちゅー無責任な事を。『誰も彼も助ける』と『無責任』はノットイコールだぞ。
彼はただの子供じゃない。いや最早人間でもない。
でも………僕には前科がある。
そう、ブラッディハグだ。

毒を喰らわば皿まで。

そんな単語が脳裏を過ぎる。
えぇい、このまま迷っていたって二進も三進もどうにもならない。
いっそ、もう、……開き直ってしまえ!

そう思って、正面の静ヵ森小学校に声をかけようとした瞬間―――唐突に背後やや上方から上機嫌に声をかけられて。

「フォーコ……いや、フォーコくん。キミ、すごく良い子だね。」

ビックリしすぎてリアクションも忘れてしまった。
自分の肩に静ヵ森小学校が乗っている……いや、『憑いて』いる。なんだか、肩が心成しか重たい様な気がしない事も無い様な……。
フォーコはやや上空辺りに漂っている静ヵ森小学校を見上げた。さっきの泣きべそは何処へやら、ニコニコと上機嫌で見降ろしてきた。
どうやら自分の答えが何であれ、この思念体は自分に取り憑く事を決めた様だ……と思えば、なかなかに図々しい性格をしているのかもしれない。尤も、もう今更何のかんの言えるような状況ではないのだが。
溜息を飲みこんで、静ヵ森小学校に一言。

「……もう二度と、誰かに悪さしちゃダメだからな。」
「ウンわかった」
「………ホントに分かったんかい……」

相変わらずウキウキとしたライトな口調の二つ返事に些か疑念が残るが、致し方ない。ヒーローは殺人鬼から視線を離した。すっかりポルターガイスト現象の収まった廃墟の一室。それを見ていると、ふと疑問が一つ浮かんできたので訊ねてみる。

「そう言えばさ、お前の『本体』ってこの校舎なんだろ?僕についてっても……この校舎から離れても、大丈夫なのか?」
「当ったり前じゃんか。あのね、知らないんなら教えたげるよ。……幽霊ってね、一方的にとりつくのはいろいろと制限があってメンドっちいんだけど、『お互いに了承している』なら……フォーコくんが死ぬか、ボクが強制的に除霊されるか、この廃墟が取り壊されるかするまで、何とかなるんだよ。」
「…………へぇ……そうなんだァ……。」

ドヤァと言われた言葉に取り敢えず頷いておく。幽霊の事情なんてちっとも知らないが、まぁ、本人がそう言うんならそうなんだろう。多分。

そうと決まれば、もうこの音楽室に……この廃墟に居続ける意味は無い。
行こうか、とフォーコが静ヵ森小学校に呼びかけると、幽霊は返事をしないで音楽室を見渡していた。
―――かつての『ここ』を偲んでいるのだろうか。フォーコがそう思ってからややあった頃、静ヵ森小学校は徐にヒーローへと話しかける。
行こうか、と言った後。

「これからよろしく」




****




「待ァアアアアてやゴルァアアアアアアアアアアアア!!!」
「待たんです〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「……」

猛ダッシュで階段を駆け下りて行く殺人鬼達。
パープルホリックを先頭に、ハッピーフラット、そのかなり後ろにブラッディハグがマイペースに続く。

「つか何なんだこのクソ階段!!下りても下りても下りても下りてもキリがねーじゃねーーーかァアアアアアアどちくしょうめ!!!」
「知らんです〜〜!! ……って、アレ?」

言葉と共に、ハッピーフラットに追われて全力疾走していたパープルホリックがいきなり立ち止った。

「うぇ!!?ちょ」

急な出来事にハッピーフラットは目を見開き―――勢いはそのまま、猛毒殺人鬼を通り過ぎて、壁へ。

ビタン!

「べフッ!!」

正面激突。ズルリと床に崩れ落ちる。
一方のブラッディハグは悠々自適に階段を下りてきた。あーあ、と言いたげにハッピーフラットの有様を見た後にぐるりとその景色を見渡して、最後にパープルホリックを見遣る。

「……そうですね〜、ここ………」

頷いたパープルホリックも辿り着いたそこを見渡す。

そこにはもう下りる階段は無かった。
つまり、三人が辿り着いたのは『一階』だという事である。

「一階……、やっぱり、階段が無限だなんて、気の所為だったです〜?」

パープルホリックの呟きに、ブラッディハグは相変わらず黙ったまま首を傾げるのみ。
彼らはやっぱり知らない。この廃墟の怪奇現象が全て無くなった事に。そしてこれからもう二度とそういう事が起こらないであろう事に。

「あ゛ーーッもうこんな所にいられっか!!俺は帰らせてもらうぜぇ!!」

そうこうしている間にハッピーフラットが起き上がる、そうするや否や立腹の捨て台詞と共に暗い廊下を歩きだす。
しかし数歩行った所で急に振り返り、

「………何やってんだパープルホリック、とっとと行くぞ!!」
「呼び捨てですか〜?全くけしからんやっちゃです〜」
「ヘッ、言ってろ」

どうやらもうさっきまでの何やかんやはどうでも良くなったようだ。ブツクサ垂れる殺人鬼と、その横で変わらずヘラヘラふわふわしている殺人鬼の背中を見送って……もう一人の殺人鬼も闇の中へと消えて行った。




「さて………一件落着、と言いたいところだけども」

校舎から出たばかりのフォーコは疲れた笑いと共に重く息を吐いた。

「Ζさんに何て言おうかな静ヵ森小学校の事……って言うかそれ以前にΖさんを探さないとな……」

うわぁ超面倒臭い。フォーコは片手で額を抱えた。

「Ζさん……って、あの黒い服のおじさん?」
「うんそうあの黒い服のおじさん」(実際の年齢とか知らないけど)
「よしボクに任せて!探したげるよ。学校内ならすぐ分かるもん」
「おぉ頼もしい」
「………………」
「どうしたんだ」
「………、うーん………、とっても言いにくいんだけど、もうΖさんはこの学校にいないよ」
「  は!?」
「多分、周りの森にでもいるんじゃない?」
「はぁあ!!!?」

フォーコは正面一帯に広がる森を見遣った。来た時に通ったあの森。木々が生い茂りまくりのあの暗い深い森。

あそこから、探せって?

フォーコは気が遠のくのを確かに感じた。
それから俯いて重たすぎる鬱な溜息を吐いた。
そして顔を上げた。歩き始めた。

「……あのさぁ、ところで」
「何フォーコ君」
「七不思議の七つ目って、結局何なの?あの『知ったら死ぬ』とかいう……」
「あぁ………それね。実は……」
「ゴクリ……」
「未定なんだ」
「へっ?」
「だって思いつけないよ、七つも。フォーコ君、考えて」
「え……ええぇえぇ〜………」




そんなこんなで、もう廃校のチャイムを聞いた者はいない。
その代わり……『森を徘徊する黒い怪人物』という噂がしばらく町に流れたのだが。





【続く】


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あきゅろす。
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