FLAME−HERO
9

「止めてくれー」の類ならまだ分かるが、降参をしてくるとは。

静ヵ森小学校の本体がこの古びた学校なのは知っているのだが、何分見た目がただの子供で……泣きそうなその声にフォーコの罪悪感が痛んだ。

「……ほ、ホントだろな………、『隙ありー!』とか絶対ナシだかんな!」

なんて言葉を放つも、反応が返ってくる前に鎮火する。天井や床、カーテンに燃え移っていた火も煙の様に掻き消えた―――フォーコは自分で作り出した炎であれば自在に操る事が出来る。(炎をドラゴンにー!とかそこまで器用な芸当は出来ないけれど。でも、いつかやってみたいなぁ……)

「…………。」

静ヵ森小学校は黙り込んだまま、燃えずに残った浮遊している椅子に小さく座りこんで、俯いている。
怪奇現象も炎も収まった音楽室は焦げ臭い匂いこそ立ち込めているものの、夜中の廃墟に相応しい時間が止まったかの様な静寂が横たわっている。静ヵ森小学校が何か行動を起こす気配はない、ただ縮こまっている。
フォーコはその様子を眺めて―――何となく、話しかけてみた。

「あ……、あのさぁ、君。」
「……、」

廃校の顔は相変わらず見えないが、何となく視線がこっちに向けられた事は分った。なので、フォーコは話を続ける事に決めた。

「何で、“七不思議”とか……さ、その、やり始めたの?」

フォーコのその訊ね方は非難を含んだものではなく、ただ単に気になったからというものである。
この学校の年齢はおそらくフォーコよりずっと上だろうが、その見た目や仕草の幼さが彼に自然と子供を相手にするかの様な口調にさせた。距離を詰めたりする事も無く、膝に両手を置いて柔く訊ねる。
静ヵ森小学校はフォーコのその態度を特に気にする様子も見せず――寧ろ満更でもない感じで――『何でそんなこときくの?意味あるの?』とでも言いたげな表情を浮かべたが、ややあって訥々と言葉を紡ぎ始めた。

「………最初は……、ただ、ピアノをひいてたんだ」

静ヵ森小学校の言葉と同時に、二人の間を半焼したピアノが無重力空間内の様にふわふわゆらゆら通り過ぎて行く。

「そうしたら、ね、人が来たんだよ」

殺人鬼がピアノへ手を差し向ける。その鍵盤を弾く様に指を動かすと鍵盤が凹んだが、割れて焦げたそれはもう音を鳴らす事は出来ない。
なんだか、何とも言えない寂寥とした申し訳なさがフォーコの心の底を掠めた。膝の上の手を緩く握り締めて、話の続きに神経を傾ける。

「『夜中に廃校からピアノの音が聞こえる』って……、もうずっと誰も来てくれなかったボクのところに、忘れ去られたボクのところに、人が来てくれたんだ。……―――うれしかった!ボクとってもうれしかった。」

静ヵ森小学校が自身の胸に掌を緩く宛がう。

今でも鮮明に思い出せる―――

何十年か前まで、自分は“寂しい”なんて感じた事も無かった。
教室で、廊下で、運動場で……たくさんの子供達が自分の下で学び、遊び、成長して……そしてその子供がまた自分の所にやってきて。
親となった子供達にも、授業参観や運動会で再会する事が出来た。『懐かしいなぁ、変わらないなぁ』なんて落書きの跡を指でなぞる子供だった人達に、『キミらは変わったね』なんてコッソリ笑ったものだ。

“静ヵ森小学校”には、確かに光が満ちていた。
人と町の成長を、ずっとここから見守ってきたのだ。

―――そうして―――

自分の役目は、終わりを告げた。
もう誰も来なくなった。
体は朽ちてゆく。
雑草が生い茂る。
錆びて、腐ってゆく。
緩やかに終わってゆく。
誰からも忘れ去られてゆく。

………死んで逝く………。

最初は“仕方がない”と、“これが運命なのだ”と諦めていた。いや、諦めざるを得なかった。
時を追う毎に朽ちてゆく毎に募りゆく、ドス黒いヘドロの様な感情をひた隠して知らんぷりして。
ただピアノを弾いていた。
寂しいから弾いていた。
寂しさを紛らわせる為に弾いていた。


そう、そんな時だったのだ……
人がやって来たのは!!


「誰もいないのに音をかなでるピアノを見て、その人たちは怖がって怖がっておったまげて、一目散に駆けてったよ。……うれしかったなぁ。それで思ったんだ―――……『もっと怖い事をやったら、もっと来てくれるかな?』って。」
「……それで、君は。」
「うん、そう。昔々に子供たちが話してた“七不思議”を思い出して………、再現した。」



一、真夜中、誰も居ない音楽室からピアノの音が聞こえるんだって。

二、屋上への階段が無限になって、何処にも辿り付けなくなるんだって。

三、廊下で目を閉じて“だるまさんが転んだ”って言うと、両手足が無くなるんだって。

四、図工室の石膏像が血を吸ってくるんだって。

五、誰も居ない教室で“もーいーかい”って訊かれて“もーいーよ”って答えたらオバケに食べられちゃうんだって。

六、運動場に“七不思議”の犠牲者が埋められてて、夜になると出て来るんだって。

七、“七不思議の七つ目”を知ったら死んじゃうんだって。



「…………。」

無邪気に言ってのけた静ヵ森小学校に対し、フォーコは言葉が出なかった。正確には、何と言うべきなのか彼にはさっぱり分からなかった。

人々が“学校”を作り出し、人々が“七不思議”生み出して、
……そして、
人々は、“それらに”殺された。

そう思えば、なんて滑稽で悲しくて、空しい話だろうか。
一体誰が悪いのだろうか。
一体誰の所為なのだろうか
一体誰が正しいのだろうか。
一体何が間違っているのだろうか?


「………ホントはね、分かってた。ボクがやってるのが悪いことって、知ってた。」


最中に紡がれたのは、小さく消えそうな声。
見遣れば、椅子の上で体育座りをした静ヵ森小学校が……本当に半透明になって、消えかけている。

「それでも、それでもボク、人間に会いたかったんだよぉう………忘れてほしくなかったんだ、だってだって、だって寂しかったんだもん」

とうとうワッと泣き出した。


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あきゅろす。
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