FLAME−HERO
1


元はラブホテルであった廃墟を進む、五人の男女。

一本だけの懐中電灯に輪郭だけを照らされる彼らはどうやら学生で、肝試しの真っ只中のようであった。


「出るって……絶対ココ、出るって……!」

コツ、コツ、コツ、コツ、と五つの足音の合間から、今にも泣きそうな女の声。隣の女に縋り付き、光の先を凝視している。

「ちょっとリカぁ〜、コワいこと言わないでよね!」

咄嗟に反論する彼女。それを笑いながら茶化すのは、先頭にて懐中電灯を持つ男だ。

「いーや出る出る、出るねココは。地下の監禁部屋で、ヤられ尽くされ死んだ女の怨霊が……!」
「やだっ、もー帰ろーよぉ!」
「ったくアダム!ふざけんのも大概にしてよね!」
「はははははじょーだんじょーだん」
「でもさー夜の廃墟ってマジこえーよなぁ」

そう言ったのは、さり気なくビビりまくる女の肩を抱く男。
だなーと懐中電灯の男は笑い、ビビりまくる女は男に寄りかかり、もう一人の女は溜息を吐いた。その後に彼女は、

「クリスは怖くないの?」

振り返る。
息を飲む。
凍り付く。



そこにはクリスという男……“だったモノ”、が。



腕や身体からたくさん凶器を生やした男に抱き締められて。

血を滴らせて、“死んで居た”。

「ぎゃああぁあああぁァアアアアアアアアアア!!!」

スクリーム。
振り返る全員。
再びスクリーム。四つ。

凶器男が腕を広げる。被害者がボドリと崩れる。真っ赤に真っ赤に染まりきった殺人鬼。熱い熱い赤に染まった殺人鬼。その名も、“ブラッディハグ”。

「うわあァあア、ああああああああああ!!!」
「たったたたすたすけたた助けてええええええええええええ」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

走り出す三人。
あれっ、一人は?……腰を抜かしたようだ。一番怖がっていた、リカという女。仲間達は見向きもしない。気付いてすら居なかった。可哀想に。可哀想に。

「か……あ゙、がか………」

リカの口からはもうハッキリした言葉は無い。
見つめる先のブラッディハグが、ゆっくりゆっくりその手を広げる。転がり落ちた懐中電灯が、彼を照らし出した。

頭に被った金属の箱、赤く大きく“血”と書かれたそれのお陰で顔は見えない。
傷だらけの上半身は、裸。手は長く、掌が異様に大きい。

いや、それよりも。リカの目に映っていたのは……その凶器。

腕の付け根に丸鋸、身体と腕にはビッシリと棘、右手の中頃にも丸鋸、左手にはナイフ、腹には長刀がそれぞれ彼の身体を貫通して、刃を此方に向けている。更にその大きな掌は……指が全て、剃刀の様な鋭いモノになっていた。


殺人鬼ブラッディハグが、ゆっくりゆっくりした動作でへたり込んだリカの前に膝をつく。

「ひ……ひ……ひぃい゙い゙ぃ゙…!」

逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、

ゆっくり、ゆっくり、腕を、のばし、

逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、

剃刀の指が、腕の棘が丸鋸がナイフが、

逃げなきゃ、逃げなきゃ、

プツリと刺さる腹の長刀が、

逃げなきゃ、

抱きしめた。

肉を裂いて刺して切って断って。

ゆるゆる、血溜まり、悲鳴も無い。
事切れるのはあっと言う間、ソー・イージー。ヒトはモロイ。


腕を広げる…ボドリ。
立ち上がる…ボタボタ。
歩き出す…しーん。




****




――――満月闇夜、廃墟の入口。

緋色のマントを靡かせ立つは、紛れもない“ヒーロー”だった。

マスクに隠された凛々しい顔、鋭い眼光、隆々とした筋肉、真っ赤なスーツに包まれた高い背。

彼の名はフォーコ。正義の力で悪を討つヒーローであった。

(……Ζ(ゼータ)さん…おっそいなぁ……。)

そんな彼は、今。
困惑の真っ只中に居た。

(先に行っちゃったのかなぁ……。)

待ち合わせている筈の、もう一人のヒーロー・Ζが来ないのである。

(どうしよう……僕、行った方がいいのかなぁ……。)

もう一度辺りを見渡してみる。だが、そこにその姿はなくて。

(てか、マジで出そうで怖いよココ……!)

フォーコは鳥肌の立った腕を抱きしめた。

どうしよう……どうしようか……行っちゃおうか……行っちゃおうかな………えぇい行っちゃえーーーー!!!
もう知らない!ビバ直感!

真っ赤なヒーローは俄にマントを靡かせ走り出した。
そして廃墟の入口を通ったすぐの所、胸から下が床に埋もれてしまっているΖが目に飛び込んできて思いっ切りすっ転んだ。そのままズジャーッとヘッドスライディング、壁に頭がぶつかった為に急停止した。

「グばァッ!」
「――――フォーコ、遅かったな。」
「ちょっ……Ζさん!!なに、ちょっ………何があったんですかーーーーッ!!!」
「床が抜けただけた。」

Ζは落ち着いた低い声でそう述べる。フォーコが頭の痛みを堪えながら引っこ抜いてやっても、彼はクールにコートの埃を払うのみであった。フォーコは溜息を吐いた。

Ζはフォーコの仲間ヒーローである。立場的には新米ヒーローフォーコの教育係で、大きく逆十字が描かれたフルフェイスのマスク、軍服を思わせる真っ黒な帽子に同色のコートを身に纏い、常に冷静沈着な態度にはある種のミステリアスさすら感じる、ダークでハードボイルドなヒーロー………なのだが。

(この人…すっごいド天然な上にとんでもなくドジなんだよなぁ……。)

ヒーロー協会のボスは、“教育係”とか最もらしい理由をつけて、僕にΖさんを見張らせてるだけなんじゃなかろうか。
なんて事まで考えてしまう。

「……フォーコ、現場で気を抜くな。一瞬の油断が命取りだぞ。」
(床に半身以上埋没させてた人に言われてもなぁ……)「はい、すいません。あの、ところでΖさん、待ち合わせってこの“ホテル・ピンクパーク”の入口で……でしたよね?」
「…………。」

Ζは辺りをぐるりと見渡した。その最後に、フォーコを見据える。

「………此処は入口だろう。」
「いやッ……あー、いや、何でもないです。」

赤いヒーローはうなだれた。確かに……確かに、ここは廃墟の“入口”だけども。
普通は“外の方”でしょ……!

「何をボソボソ言っている。」

ポンとフォーコの肩に手を置き、しっかりしろと叱咤する。

「今日が初陣なんだろう、フォーコ。かけられた魔法を解く為にも………お前は殺人鬼“ブラッディハグ”を退治しなくてはならない。そうだろう?」

言われ、フォーコはハッとした。



そうだ、僕は。
僕は、元々はただの一般市民だった僕は………魔女に魔法をかけられて、こんな筋骨隆々のアメコミなヒーローになってしまった。
そして魔法を解いて、元の姿に戻る為には………“ありったけの人を助けねばならない”!
その為に僕はヒーロー協会に入って、そしてやっと、任務を与えられたんだ……!



そうだ、気を緩めてる場合じゃない。
元の姿に戻る為にも、頑張らないと……!


「行きましょう、Ζさんッ!!僕、頑張りますッ」
「では何故、私の後ろに隠れている。」
「超怖いからですッ」
「……。」

Ζはマスクをしているが、今絶対に眉間に皺よせたな、とフォーコは思った。

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あきゅろす。
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