FLAME−HERO
8
「―――七不思議の七つ目、教えたげようか?」
錆び付いたピアノ線を横に跳んで回避したΖに、殺人鬼――彼が自称するには、この学校の思念体――が含み笑いを漏らす。
“七不思議の七つ目”を知ったら死んじゃうんだって。
静ヵ森小学校の言葉にΖの脳裏に七不思議の最後が過ぎる。あぁ、是非―――そう答えようかと思ったが、次から次へと四方八方に飛びかかってくる机や椅子や楽譜や楽器がその暇を与えない。大きく薙払ったバールにギターが砕かれ、朽ちた弦がビンッと鳴った。
(………こいつ。)
ピアノ線が頬を掠めた。僅かに裂ける仮面と皮膚と、それから血の色がじわっと滲む。
こいつ………、中々やるな。
何せ相手は怪奇現象、襲い掛かって来るガラクタ達は生き物とは違う、いくら殴られ砕かれてもふわりと宙に浮き上がり、または地を這って、何度でもこちらに向かってくるのだ。軌道もふわふわぐらぐらと非常にやり辛い。
「あっ、おしい。もうちょっとでカオ見えそだったのに」
「残念だったな。―――で、その聞いたら死ぬという“七つ目”はどんな話なんだ?興味深い……」
「じゃあ教えたげる。」
静ヵ森小学校がΖを指さす。ガラクタ達が飛んで行く。しかしヒーローがバールを鋭く強く一振るいすると、騒音と共にガラクタ達は粉々のバラバラに崩れ落ちていった。
それを一瞥もせず、Ζは一気に間合いを詰める。バールを握り締める。見た目は子供だろうが関係ない、これは立派な殺人鬼だ。
その赤白帽の頭へ、バールの一撃を―――
「うふふふふ。」
―――当たらなかった。
Ζのバールは静ヵ森小学校の脳天を“すり抜け”て、その向こう側にある古ピアノをぶち壊していた。
「……何だと、」
そうか、こいつは思念体―――実体が無いのか。これにはこの自分も驚きだ。生身じゃない敵となんて初めて戦う。
「そうあせんなくったってさぁ………。」
クスクス笑う静ヵ森小学校の細い手がΖの頬に伸びる。傷口を指が撫でる。触られているのに感触がない―――いやにヒヤリとしているだけだった。
にたりっ、……殺人鬼が笑った。歯を剥いて笑った。
「ちゃあんと教えたげるってば。―――キミが死んだ後でね!!!」
……塩でも持ってきたら良かったな……。
Ζがそう思った瞬間、真っ二つピアノの突進が彼を思い切りぶっ飛ばしていた。
さて、どう倒したものか………。
窓枠を突き破り、教室の外、景色は逆様、下は校庭。
重力に引っ張られながら、Ζは悠長に思案した。
「……そんな……、嘘だ………!」
刹那に掠れた声。
ヒーローが強制退室させられたばかりの音楽室。
そこにいるのは殺人鬼と、ポルターガイストと、真っ青な顔をした真っ赤なヒーロー。
クスリ、静ヵ森小学校が出入り口に現れたフォーコに笑いかける。
「ぜっ、Ζさぁああああああああんッ!!!」
フォーコはすぐさまΖが落ちていった窓辺に駆け寄った。静ヵ森小学校は悠々と宙に浮かんだ椅子に腰掛けて、ヒーローの赤い背中を満足気に見遣る。
「キミがフォーコ?……ふふ、ザンネンだけど、そのΖさんってヤツはもうボクが殺しちゃっ―――」
「折角見つけたと思ったらこの有様だァアアアアアア!!ちょっいいですかΖさんそっから動かないで下さいね絶対絶対動かないで下さいねーっ!!……エ?いやいやいや駄目駄目駄目ですってばアンタ方向音痴なんだから!!!」
「―――またスルーか全くヒーローってのはどーしよーもないな!!!てかっ……アイツ生きてるの!?」
「……あ、うん見てみたら」
「ウン見る」
フォーコに促されるままに、静ヵ森小学校はふよりと窓辺に寄って下を覗き込んでみた。―――黒いヒーローと目が合った。マスク越しだけどそんな気がした。なのでギョッとした。
「えッ………」
「あ、ヒーローってのは馬鹿みたいに丈夫だから割と色々できちゃうんだ、ムチャクチャなこと。」
ビックリした?と視線を移し朗らかにフォーコは語りかける。彼が殺人鬼だとは露も思わず―――ついでに目を離した瞬間に校舎へ走り出したΖにも気付かず、きっと七不思議に興味を持って肝試しに来た地元っ子だろう……そんな事を考えてみたが、あれっじゃあ何でこの子フワフワ浮いてるんだ?しかもさっき、僕の名前を……。
「……あのさぁ、君……ひょっと、して。」
表情がひきつり後退るフォーコ。一方、ニタッと笑い更に浮かび上がるのは殺人鬼。
「あぁ、やぁっっっと気が付いてくれた。そうそう……ボクは静ヵ森小学校!!……に、やどった思念の具現化さ。はじめまして、ヒーロー君っ。」
「えっ………じゃあ、君が、あの、“七不思議”の……!?」
「そゆことー」
言いながら、静ヵ森小学校が両手を広げる。再びポルターガイストが活気を帯びて、音楽室内で騒ぎ立てる。割れたピアノもいよいよ気狂いな旋律を滅茶苦茶に垂れ流して、いっそう不気味さを引き立てていた。
「う、わぁっ………!!?」
咄嗟に飛び退こうとしたフォーコであったが、そのすぐ背後をリコーダーがけたたましい音を立てて飛び過ぎて行ったので結局は一歩も動けなかった。
「アッハハハ!いいねぇ、コワイ?あははははっ、コワがってくれたら、こっちもオバケ冥利に尽きるってモンだよ!!……ついでに死んでくれてもいいんだよ?」
「しっ死んでたまるかーーー!!!」
静ヵ森小学校の指に従って次々と襲いかかってくるガラクタやピアノ線を、フォーコは何とかかんとか転がる様に回避した。それでもいくつかの攻撃はフォーコの体を掠め、“痛い”という回路が脳へ到達する。
「ッ………!!」
気が付けば音楽室の真ん中。
取り囲むのは怪奇現象。
クスクス、ケタケタ、辺りから笑い声が聞こえる―――まるで音楽室が、いや、この小学校が笑っているかの様な。
どうしよう―――視線の先には静ヵ森小学校が、割れたピアノに座ってこちらを見ている。
「なぁんだ……、さっきの黒いおじさんがエラくキミのことを何やかんや言ってたからさぁ〜……もっとすごいのかと思ったのに。」
「…………その通り、僕はちっとも、凄くも……何ともないさ。」
震える声で言い返した。フォーコの思わぬ反応に、静ヵ森小学校が「え?」と呟く。
「………でも、それでも」
ゆらり、ヒーローの両拳に炎が揺らめいた。
「僕はヒーローなんだッ!!!」
一喝と声を張り上げた、瞬間―――フォーコの全身から真っ赤な炎が噴き上がった!
「!!?」
静ヵ森小学校は思わず顔を庇う様に両手を出し、その隙間から見た。赤々と燃え盛る炎が天井にまで届き、乾き古びた音楽室を片っ端から燃やしているのを。
「うわッ……!?なっ、何てことするんだキミは!!燃えちゃうじゃないかッ」
割れたピアノから部屋の隅へ精一杯離れて、すっかり慌てた静ヵ森小学校が声を張る。本当に、何てメチャクチャなことを。炎は更に勢いを増して、飛び回っていたガラクタ達も今はただの消し炭にすぎない。
「静ヵ森小学校……お前の“本体”は、コレ……“学校自体”なんだろ?」
「ッ………!」
図星だった。そしてヒーローを止めたくても、術がない。自分には実体が無いから触れられない、止める物は燃やされてしまう。
―――ここで、死ぬ……?
「……まっ………待ってよ、待ってよ止めて!!燃やさないで!!止めて!!……ボクの負けでいいから!だから、頼むから、火を止めてっ!!!」
「……―――へ?」
今度はフォーコが目を丸くする番だった。
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