FLAME−HERO
7



カツン……カツン……カツン。



長く暗い廊下に響く堅牢な足音が、止まった。

「………ふむ。」

黒いヒーローの逆十字が見上げる先には、―――“音楽室”。

「……図工室……では、ないようだな。」

全く、学校という物は広くて困る……Ζは溜息を吐く。
そう言えば、音楽室にも“七不思議”があったな。



―――真夜中、誰も居ない音楽室からピアノの音が聞こえるんだって。



(来たついでだ、調査しておこう。)

そう思えば、早速音楽室の戸に手をかける。
その刹那に音楽室から溢れ出した―――古ぼけた音色。
調律なんて久しくされていないボロピアノなのだろう。調子の外れた軋む様な音で紡がれるのは、どこかもの悲しく、もの恐ろしく、荘厳でいて軽口の様な。様々で色々なモノがゴチャゴチャに混ぜ込まれ詰め込まれたメロディ。

……成程。
手を掛けたままだった扉を一息に開けた。
果たして真っ先に目に止まったのは古ぼけたピアノ―――七不思議の話通り、奇妙な旋律は聞こえてくるのにその弾き手の姿は無い。全く不思議な現象だ……まぁ、七“不思議”なのにすぐさま説明の付く様なモノであったら七不思議足り得ないのだが。

朽ち果てた音楽室を見渡しながら、Ζはゆっくり足を踏み出す―――ボロボロに裂けたカーテン、硝子がほとんど欠落した窓、朽ちた壁、天井、散らばった机、古びたリコーダーにハーモニカ、朽ち果てて寧ろ不気味に変容した音楽家の絵………遥か昔は子供達の楽しげな歌声で満ちていたのだろうそこに、かつての面影は無い。

ゆっくり、ピアノに近付いて行く。メロディは鳴り続ける。


「……―――!」


刹那にΖは鋭く振り返った。

……視線。

ボロボロに朽ちた音楽家達が、その目玉が、悉くこちらを凝視している。気の所為ではない。確かに壁に並べられた彼らは、目に目に爛々と憎悪を憤怒を殺意を滾らせて自分を睨みつけているのだ。


じゃらぁーーん。


ピアノが一際大きな不協和音を奏でた―――直後、それを合図としたかの様にガタガタと絵画が震えだした。絵の中の音楽家達の顔面も不気味に歪み、ひきつり、呻き、やがて絵画の震えと共に凄まじい形相へ変貌すると、ピアノの不協和音を伴奏に狂った様な金切り声を上げ始めた。

「……面白い。」

絶叫と不協和音の中、Ζは静かにバールを構える。その間にも怪奇現象は音楽室中に響き渡っていた。風もないのにカーテンが朧に揺らめき、あちらこちらに頽れていた椅子や机、諸々の楽器などが宙に浮かび上がる。部屋全体が狂った音にビリビリ震え、壁や床には子供達の影だけが佇んでいる。

そんな中―――Ζは確かに聞いた。


「ふふふふふ。」


自分の背後、つまりあのピアノから少年の含み笑い。

「!」

ピアノから跳び下がり間合いを取りながらそちらへ体を向ける。
果たしてそこに居たのは―――ピアノを弾いていたのは、小学校中学年ぐらいの少年。この学校の制服だろうか?レトロな衣服だ。顔は、赤白帽を深く被っている所為でよく見えない。因みに赤い方を表にしている。
気配に気付かなかった……何時の間に居たのだろうか。
いや、ひょっとしたら“そういう概念”が全く通じない相手なのかもしれない。
何にしても、この自分が背後を許すとは……。

「よく来たね。」

注意深く構えたバールの切っ先の彼方。機嫌良さげにピアノを奏で続ける彼が、ニッコリと口角を持ち上げた。

「―――おい。」
「なーあーに?」
「図工室は何処だ。」
「ここを下りてすぐの渡り廊下をわたってまっすぐ行ったらあるよ」
「成程、感謝する。」
「どういたしまして。」

少年はぽろろん、と汚れた鍵盤を弾く。
そしてふと来人へと目を遣れば……、ポルターガイストのをものとせず、スタスタと扉へ向かって行く大きな背中が。

「ちょっ  と待ってよスルーとかヒドくないッ!!?」

まさかの対応に、少年はバーンと鍵盤を叩きながら立ち上がった。Ζが顔だけを徐に振り向かせる。

「何だ。」
「なっ……何だのかんだのもないねっ、なにさ、なにさ迷うとかキミ、ひょっとしてアレなの?ひょっとして方向音痴なの?」
「そんな訳なかろう、寝言は寝て言え。ところでお前は誰だ。」
「ちょっ……何!?何なのキミっことごとくフリーダムすぎない!?会話のドッジボール!!?」

ひたすらヒーローのペースで狼狽えっぱなしな少年。しかしそれすらもスルーして、Ζが肩を愛バールでポンポン叩いている仕草で「で、お前は何者なんだ」と促していたので、彼はむぐっと口元を歪めた。マジで何だこのヤロウ。無理矢理口をニヒルに笑ませた。

「ボクはねぇ………、“静ヵ森小学校”さ!……ただしくは、“静ヵ森小学校にやどった思念の具現化”……とでも言おうか。」

聞いて驚け、と両手を胸に宛てがい言い放つ。だがヒーローの態度は相変わらず。強いて先との違いを上げるとすれば、体をピアノの方に向けたぐらいだ。

「……そんなところだろうと思った。」

ふー……と、マスクの下で息を吐く音。気付けばポルターガイストがさっきよりはおさまっている。絵画の音楽家の呻きが聞こえる。

「お前が親玉なのだろう。あの諸々の怪奇現象は全てお前の仕業だな………静ヵ森小学校。」
「そうだよ。おじさんたちは、ボクをやっつけに来たんでしょ?見てたよ、ずっと。“ここ”は“ボク”だからね。―――ほらぁ、ボクのことやっつけないの?やっつけないならボクがキミたちをやっつけちゃおっかなッ!!」

静ヵ森小学校が鋭くΖを指さした。すると今まで様子を窺う様に呻いていた絵画達が、絶叫と共に大きく口を開けてΖへと立て続けに突進して行く!

「……お前はフォーコに倒させる。」

一言。一撃。

「彼奴には素晴らしい才能と実力がある、しかし……」

粉砕。絶叫。

「如何せん経験値不足で自信不足でな。」

回避、猛打。

「―――そろそろ一人前になって欲しいのさ、先輩としてな。

瞬殺。

バールを肩に、破片になっても尚呻いた音楽家を踏み潰す。叫び続ける絵画が無くなった事で、音楽室は廃墟らしい静けさを取り戻していた。
静ヵ森小学校は楽しそうにニコニコしている。「あーあー、バッハさんたちが」なんてボヤいた後、ピアノに凭れて子供の外見に相応しく小首を傾げた。

「でもさぁ、ボクさぁ、そんなの知ったこっちゃないよ。だってカンケーないも〜ん。……だから“七不思議”の為にも……死んでっ、ヒーローのおじさん。」
「……おじさん………か。私ももうそんな歳だろうか……。」

Ζがマスク越しの顔に片手を遣る。そんな姿に静ヵ森小学校はクスクスと笑った。その背後では、ピアノからスルスルと錆びたピアノ線が蛇の様に這い出てくる。

「さぁ。だってカオ見えないんだもん。見たいなぁ」
「それは出来ん。」

言葉の応酬が途切れた。
瞬間、何本ものピアノ線がΖへと襲い掛かった!


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