FLAME−HERO
6
また声が聞こえた!
上の階からだ。
そうして、悲鳴を追って最後の一段を登ったフォーコだったが。
「………う、……!?」
くらっ…と、眩暈。
何だ……?
蹌踉めいて、転びかけて、咄嗟に手摺に掴まる。錆び付き古びたそれはフォーコが触れた途端にギシリと軋んだ。
何だろう、……貧血?いや、まさか。しっかりしろ自分!
頭をブンと振る。そのまま手摺を頼りに一歩一歩、漸く階段を登りきって、左右に広がる階段をそれぞれ見渡した。
「………!」
視線は直ぐに止まる。
“図工室”……確かにそう記された札のある部屋から、シュワシュワと謎のショッキングピンクな煙が立ち上っているからだ。
あれは、何だ……?
血を吸ってくるとかいう石膏像の仕業だろうか?
未だ止まないフラつきと闘いながら、訝しみ警戒をしつつゆっくり図工室へと歩を進める。相変わらず、廃墟内はシンと静まり冷えている。
そうして、また一歩進んで、教室の様子も窺えるであろうか…という距離まで詰めたその時。
「……うぐっ………」
とうとう吐き気までしてきた。思わず足を止めて壁に凭れる。本当に、一体全体何なんだ―――“階段を上ると気持ち悪くなるんだって”なんていう七不思議なんか聞いてないぞ。
なんて思考が終わった頃。ハッと閃く。
そう言えば図工室に近付く毎に苦しくなってきた………まさか、この変な色をした煙の所為!?
そう結論が出れば一歩離れて口元を手で覆い、そっと図工室の様子を眺めてみる。
シュワシュワシュワ……相変わらず、まるで何かが溶けている様な音をたてて、図工室は―――溶けていた。石膏像とか、机とか窓とか何もかもが、僅かにその面影を残して。
(これは、一体………!?)
更に離れつつ、思考を巡らせるもサッパリ判らない。方向音痴に定評のある先輩ヒーローはこんな事しないだろうし、他のヒーローが来ているなんて聞いていないし、七不思議にもこんな話はない。さっき“助けてー”と言っていた人がやったのだろうか?でもなぁ、釈然としないし……。
兎にも角にも、“図工室についての七不思議を調査する必要は無くなった”、これだけは確かな真実である。
図工室から離れるほどに体調も回復してきた。取り敢えず今は、あの“助けてー”さんとΖさんを見付けなくてはならない。
フォーコは緋色マントを翻し走り出した―――
が、すぐに急停止。
廊下の割れた窓から見えた景色。さっき何事も無く通り過ぎた校庭。
そこに、何かが大量に散らばり転がっている。
―――運動場に“七不思議”の犠牲者が埋められてて、夜になると出て来るんだって。
フォーコの脳裏に“六番目”が過ぎる。
ヒーローとしての長けた視力でよくよく見ると、転がっているそれはどう見ても……ゾンビ。どうやら時間差で発現したらしい七不思議の一つに間違い無いようだ、が―――そのゾンビ達(おそらく七不思議の犠牲者達なのだろう、南無三…)がピクリとも動かない、つまりもうやっつけられているのである。
図工室のといい、これといい……一体何なんだ?しかし校庭と図工室とでは片付け方は全く違う。校庭の方は、そう、真っ正面から叩き潰した、という―――…待てよ?
「真っ正面から………?」
それって、まさか。
Ζさん?
思い立つが早いか、フォーコは走り出していた。
あの方向音痴具合なら、図工室を目指して校庭に出ていても何ら不思議な事はない。
(まだ校庭か……その近くにいますように……!!)
****
「ったくよォ〜〜い」
朽ちた階段はまた一つ足を掛ける度にギシリと軋る。
廃墟の階段を上るのは二人の殺人鬼―――ハッピーフラットとブラッディハグ。それぞれに掠り傷やら返り血やらを身に着けているのは、さっきまで校庭でゾンビ相手に戦いに戦い抜いたからである。
「パープルちゃんめ……よくも俺達をアッサリ見捨てやがったな……」
「…」
「あァん?“ヒーローの邪魔をしたら刺す”ってぇ?だァーーもー判ったっちゅーの!さっきから何回それ言ってンだテメー?」
「…」
ブラッディハグは黙ったまま、パーにした手と三つ指を立てた手で“八”と示した。
「……。はいはい。ったく……、それにしてもこの階段、いつになったら上に着くンだよコラ」
「…」
「さっきから何段上ったんだ俺達?」
ブラッディハグは黙ったまま、……指が足りなかったので諦めた。
明らかに苛ついているハッピーフラットがまた舌打ちをする。
自分達を見捨てて逃げていったパープルホリックに制裁を下さんと校舎に乗り込んだは良いが、どうも様子がおかしい。
さっきから階段を上っても上っても上っても、一向に上の階へ辿り着く気配がないのだ。階段…踊り場…階段…踊り場……永久ループ。
―――屋上への階段が無限になって、何処にも辿り付けなくなるんだって。
不運にも、殺人鬼達は知らない。何も知らない、判らない。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙〜〜もーッ一体全体何なんだッてんだァドドド畜生めがァアアーーーー!!!」
「…」
「なに?“お黙りサノバビッチ”だと!?テメーッ……」
今決めたコイツ殴る。
猛然とハッピーフラットが振り向いたその時……足音が聞こえた。ハッとして上を見遣る。
「……聞こえたか?」
「…」
ウン、と頷くブラッディハグ。
またゾンビか何かだろうか?立ち止まり構えている間にも、足音は――階段を降りているようだ――徐々に近付いて来る。
そして。
「全く何なんですこの階段……。もしもし、誰か居るです〜?」
声。
ノホホンとしたこの独特の高い声は、間違いない。
その頃には丁度、その人は殺人鬼達の視界に現れていた。
「………よ〜ォパープルホリックちゃァん。」
「あっ。ハッピーフラットにブラッディハグ!」
じとり目のハッピーフラットを余所に、パッと表情を笑ませたパープルホリックは“聴けです〜”と困った様に言葉を放つ。
「この階段何かおかしいです〜、上っても上ってもエンドレスです〜!だから下りてみたんです〜……でもやっぱりエンドレスです〜!」
「あーそーかい、そりゃご愁傷様」
「…?……ハッピーフラット、何でハンマー振り上げてるです〜?」
「それはね……。―――ここであったが百年目だからだよパープルちゃんさっきはよくもォォオオオーーーッ!!!」
「エッ!?あっ!そー言えば……きゃーーーーっ!!!」
追いかけっこの始まり始まり。
猛スピードで階段を駆け上り始めた二人の殺人鬼を、取り残された殺人鬼がのんびりと見送った。
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