FLAME−HERO
5


「もーいーよッ!!」


開けた戸を閉めるや否や、一声。

「…………。」

しかし、無人の教室はシィーンと静まり返っている。
ボロボロに崩れた汚いカーテン、割れた窓、時が過ぎても尚キチンと並んだ椅子と机、埃まみれの床、傾いた黒板。そして、暗い。

「………。」

なんだ、何も出てこないじゃないか……と思ったのと、“もーいーかい”と訊かれてから“もーいーよ”と答えなくちゃならないんだっけ、と思い出したのはほぼ同時であった。そうだそうだ、そうだった。
些か身体に入りすぎた力を吐息と共に抜いて、フォーコは教室の真ん中辺りへと歩を進めた。ぐるりと一周、暗い部屋を見渡す。

その時―――



「もーいーかいっ。」



聞こえた。ハッキリと、しかし何処か朧げに、曖昧に……何処から聞こえたのかイマイチ判別出来ない。だか、聞こえたのだ。確実に。
その怪奇に驚き呆気にとられたフォーコだったが、今はボンヤリしている時間ではない。気を引き締め、浮かび上がろうとしていた恐怖を押し込め、右拳に赤々と燃える炎を纏って、大きな声で答えた。

「もーいーよっ!!」

薄暗い教室を赤い炎が照らし渡す―――…斯くして、照らされたのは。

「…… !」

教室中……床から机から僅かに残った窓から天井まで、びっしりと赤黒い手形。小振りなサイズ的に、子供のものだろうか。

…さっきまでこんなの無かった筈だ…。

フォーコは唾を半ば無理矢理飲み込むと、恐る恐る燃える右手を掲げて更に教室を照らしてみた。
そして、傾いた黒板の前、教壇。


「みーつけたっ。」


ニタリ。
顔の真ん中に巨大な口しかない、…女教師だろうか。熟しすぎた果実の様な異様な赤をした唇に、その身体に、どろどろどろどろと絶え間なく涎が伝って不気味に滑っている。

何だアレ―――怖い、気持ち悪い。
でも……


「怖がってる暇なんてッ……無いんだ!!!」


自らを奮い立たせる声と共にフォーコが地を蹴ったのと、女教師がさながら口裂け女の様に巨大な口を開けて躍り掛かって来たのは、ほぼ同時であった。

「うらァアあああああああああ!!!」

フォーコが右手を突き出す、その右手を女教師がばくんと口へ―――刹那!

「ィぎあぁァ゙アア゙アア゙ア゙ア゙ーーー!!!」

女教師が体内から燃えて行く。あっと言う間に炎に包まれる。慌ててヒーローの右手を離すも、もう遅い。フォーコが後方へ跳んで間合いを取った頃にはもう、それは燃え尽きていた。

「………ふぅ、なんとかなった」

拳の炎を消しつつ、ふぅと息を吐く。良く見れば、教室中を埋め尽くしていた手形もいつの間にやら消えている。
不穏な気配もしない、物音一つない。
これで、“誰も居ない教室で“もーいーかい”って訊かれて“もーいーよ”って答えたらオバケに食べられちゃうんだって。”という七不思議の一つはクリアなのだろう。

……と、なれば……

次は迷子捜索だ。溜息。最後にもう一度だけ教室を見渡して―――どうしてこの静ヵ森小学校は七不思議なんかが発生するようになったんだろう……なんてふと思うも、フォーコにはさっぱり判らなかった。割れた窓から吹き込む冷ややかな風に緋色のマントを靡かせて、教室の戸を開けた。

「……!」

そして廊下に一歩踏み出した体勢で急に止まったのは……さっき廊下でΖにやっつけられたアレが溶ける様に崩れていたのと、それと……何処かから声が、まるで悲鳴の様な声が聞こえたからだった。

何だろう……?

辺りを見渡しつつ、耳を澄ませてみる。


「…助けてーっ……」


また聞こえた!それも今度はハッキリと、助けを求める声が。

これは、罠か何かか……?
でも、七不思議の中に“助けてーという声が聞こえたらナンチャララ〜”なんてモノは無かったはずだ。
いや、この際、罠でも七不思議でも八不思議でも何だっていい、僕はヒーローだ。困った人は助けなくっちゃ!

そう思い立つや、フォーコはマントを翻し走り出した。
確か、声はこの上の階から聞こえた気がする。




****




―――図工室の石膏像が血を吸ってくるんだって。



「キャーーッイヤーーッたたた助けて助けてです〜〜!!」

図工室。牙を剥いた石膏像から逃げ惑っているのは、殺人鬼パープルホリック。

どうしてこんな事になったんだろう。
あのゾンビの群からハッピーフラットとブラッディハグを生贄に命辛々逃げ出して、校舎の中……取り敢えず逃げ込んだ教室で、石膏像に襲われるなんて。
一体全体、何なんだこの廃墟は!?

「……きゃあっ!?」

石膏像が左腕を掠めて行った。チリッと痛み。見ると、腕が僅か斬れて白い肌に赤い血か滲んでいる。
前方には、さっき掠めて行った石膏像。後方にも、奴ら。

「………このォ」

コイツら。
全くもって腹立だしい。
ボロっちい石膏の塊の癖に。
何だか、苛々してきた。
そもそも、なんでこの自分が情けなく逃げ回らなくっちゃならない?
苛々してきた。
苛々してきた…
苛々してきた!!

コイツら、この自分を誰だと思っている!!


「この殺人鬼パープルホリック様をぉっ……ナメる奴は即パチ毒殺死刑処刑処分撲滅根絶廃絶ですぅうう〜〜〜ッ!!!」


言いながら、広げる両腕。
そこには、ありったけの毒薬がズラリと並んでいた。



「超デッドリー・カーニバル!!!」



瞬間―――

毒々しいショッキングピンクの煙が、図工室をすっかり支配してしまった。



ややあって、煙の中から悠々と出てくるのは殺人鬼。
彼女は毒使い。自らの毒で死ぬ事はない。
はぁー……深く息を吐いて、それから脱兎の如く走り出した。

「もうイヤです〜っこんなトコ居られないですワタシ様は帰らせて貰うですぅ〜〜っッ!!」

―――しかし。

下りようとした階段から、何やら足音……しかも走っている?

「……っ…!」

まさ、か、ゾ…ン…ビ…!?

血の気がサァッと引いた。
急遽進路変更、階段を駆け上り始めた。


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あきゅろす。
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