FLAME−HERO
4



―――…………。



だるまさんが転んだっ…という自分の声が揺らぐ様に木霊した後は、何事も無かったかの様にシーンと静まり返っている。
足音とか、声とか、鼓膜を震わせる類のモノは一切合切聞こえない。すっかり無音で、静寂だった。更にフォーコは目を閉じていたので真っ暗闇の真っ直中である。

(いつまで目を閉じてたら良いんだろう……。うぅ、何も見えないし聞こえないし、ムチャクチャ怖い……!)

Ζさんに“何秒目を閉じておけば良いですか”って訊いとけば良かった。しかし、後悔先に立たずである。未だ外界の情報が一切無いまま―――もう何秒経っただろう?一秒を一分と感じているのか、一分を一秒と感じているのかも判らない。

もう目を開けてしまおうか?

もう目を開けても良いだろうか?

もう―――……



「パニッシュ・ドライブ!!!」



突如として静寂を切り裂いたのは、Ζの鋭い声と―――ボグッ、という何か硬いものが肉を叩き薙いだ音。

「っッ …………!!?」

思わず目を開けたフォーコの目に映ったのは、暗闇……いや正面じゃない、音は背後からしたのだ。
振り向いてみる。バールで肩をトントンと叩いている先輩ヒーロー……その、肩越し、彼方。

「う、わっ………!?」

それは肉塊…肌色で…人の形…でも下半身がない、両手は鋏の様になっている…頭部はバールの一撃にやられたのだろう、グシャグシャで赤い……。

「なな、何ですかソレっ……!?」

フォーコはその気味悪さに思わず口元を手で隠し、率直な質問を口にした。この薄暗い廊下の雰囲気も相まって、怖すぎて死ねる。
そんなビビりまくりのフォーコを一瞥する事もなく、Ζは相変わらずの調子で悠然とそれに歩み寄って行く。一瞬躊躇ったものの、それの正体が気になる……と言うか一人取り残されるのは怖すぎるのでフォーコも早足でその背を追った。

「……ふむ、」
「うへぁ……」

そうして辿り着いたそれの傍ら。
首を傾げて具に観察するΖの背後で、フォーコもビビりながらもそれを視界に捉える。先程それの頭をぶっ壊したバールの先が、それを確かめるかの様に突っついている。

「これは、お前が“だるまさんが転んだ”と言った数秒後………」

バールでそれを突っつきながらΖが言う。バールの先が食い込むあたり、それは柔らかいらしい……が、その手の禍々しい鋏は硬いようだ。コンコン、と硬い物同士が触れ合う音がする。

「………お前の背後から、急に現れた。…正しく言うのなら……“廊下の彼方の闇から、猛スピードでやって来た”。」
「こっ怖ッ!…そ、それで、コレをぶっ飛ばした……と。……うぅ、“静ヵ森小学校の七不思議”ってマジだったんですね……。」
「そのようだな。」

言葉が終わると同時に、バールは再び彼の肩へ。ふむ、と興味深げな吐息がマスク越しに聞こえた。
フォーコはそんなΖをちょっと見遣って、それから再びそれに視線を戻して、おずおずと口を開いた。

「Ζさん、これって……一体何なんですかね?生き物なんでしょか?」
「ふむ……、“実体がある・殴ると体液が出る”点から生物と見ても良いだろう。…尤も、今は死んでいるようだが。」
「まさかとは思いますが、こいつが七不思議の原因だとか……そんな感じですかね」
「さぁな。」

簡潔な一言で答えた後、不意にΖが歩き出す。それは廊下の暗い彼方…先程、彼が言うに“あれが猛スピードでやって来た方向”であった。

「あっ、ちょっ、ぜぜΖさん!?」

慌てて後をついて行こうとしたフォーコだったが、振り向いたΖに掌を向けられ“来なくて良い”と示されれば仕方がないが立ち止まるしかなかった。
理由が判らず困惑した表情を浮かべていると、Ζが手にしたバールで近くの教室を指し示す。フォーコがそちらへ向いた頃には、もう彼はその暗がりと身に着けた黒衣との境界を曖昧にし始めていた。不気味極まりない廊下に響く鉄石の足音が一つ―――それを背景音に、告げる。

「フォーコ、お前はその教室で“七不思議の五”を調査してこい。」
「…………えっ。」
「私はさっきの生物がどこから来たのか調査する。落ち合う場所は……そうだな、“七不思議の四”がある図工室前だ。」
「…………ちょっ、」

狼狽えるフォーコの脳裏に、二つの“七不思議”が過ぎる……。


―――誰も居ない教室で“もーいーかい”って訊かれて“もーいーよ”って答えたらオバケに食べられちゃうんだって。

―――図工室の石膏像が血を吸ってくるんだって。


そんな中、Ζの静かな声が廊下に響く。

「…武運を祈る。」
「…………っと、待って下さいよΖさん、無茶です!!いけませんッ!!」
「―――フォーコ。」

そこでようやっとΖが立ち止まり振り返った。呼んだ声は彼にしてはやや大きなものであった。

「心配してくれるのは嬉しいが……―――私は負けやしない。“ヒーロー”だからな。」
「…Ζさん……。」
「そして、フォーコ。お前だってヒーローなんだ。何を臆す事がある。」
「……、………はい。」

フォーコの返事を聴くと、黒いヒーローは一つだけ頷いて再び歩き始め―――直にその足音も、姿も、この蔓延る暗がりに判らなくなってしまった。

「Ζさん……、」

やっぱりΖさんはカッコイイ、最高にクールで、彼のような人を“真のヒーロー”と呼ぶのだろう。本当に凄いや。あんな風になりたい。



でも………



でも、違うんですΖさん、さっきの“無茶です!!いけませんッ!!”は……、


“図工室で待ち合わせ!!?そんなのアンタ絶対絶対迷子になるでしょ絶望的に方向音痴なんだから!”


ってな感じ……だったんです……。


「はぁ……。」

フォーコは額に手を遣って重く溜息を吐いた。のろのろとさっきΖによって示された教室へ向かう。
これから“七不思議の五”を調査して……、それから迷子捜索だ。

「あーー…、もう、全く……。」


この“迷子捜索”がきっついんだこれが。
これから待ち受けるだろう“試練”の気苦労の前には、七不思議に対する恐怖も薄れ去っていた―――幸か不幸か、最早フォーコの脳内には、“ちゃちゃっとオバケやっつけてΖさん捜さなきゃ”しかなかったのである。


ガラッ、とボロボロの戸を開けた。




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