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不意にドアが開いたのはそんな時で。
完全に油断しきっていたテツヲは慌てて覆面を被りながら尻餅を付くように跳び下がった。手探りで武器を探る……が、

「テツヲさーん。」

入室してきた者がナツキだったので、彼はほぅと息を吐いた。

「あぁ………あ〜〜、ナツキさん。無事でしたか。」
「貴方も御無事………のようですね。」

サトウの放ったイカズチを浴びた所為で若干焦げているアンデッドマンを、爪先から頭頂まで不思議そうに眺めてからナツキは頷く。そんな退役軍人の身体に傷は一つも無い。凄い人だな、とテツヲは思った。
それから、気になっている事を口にしてみる。ゾンビ達は?と。

「どうやら全て倒したようです。もう辺りに気配も無いですし………御疲れ様、ですね。」

にこり、彼は笑んだ。本当ですかとテツヲも安堵の笑いを浮かべる。そのアンデッドマンの肩にポンと手を置き、彼は。

「ところであの動くマネキンは何処にやったのです?」
「……え、 …ぁ゙あ゙!!」
「逃がしたりしてはいけないと………あれ程、申し上げたではありませんか。」

にこーーーり、“ポン”が“ギギギギギギギ”になっている。

「ちょっイダダダダ!!ナツキさんちょ待っ待って待ってこれにはその深い訳的なアレがッ」
「動かなくなったゾンビの処理、破損個所の修理、及び清掃片付け。宜しく御願い致しますね!」
「ちょっ……えええええぇぇぇ〜〜!!?」
「では失礼します。」

そう言って、もう一度ポン!とテツヲの肩を叩くと、ナツキは踵を返して退室した。

そのまま自分の部屋に向かう。このゾンビの体液やら自分の汗やら硝煙の臭いやら、………加齢臭が染み付いた服を着替える為だった。

ナツキは手早く着替えを済ますと、休む間もなくネローネの部屋に向かった。
ドアの前で一度深呼吸、それからそぉっとドアノブを回し、僅かな隙間を作る――――一応この部屋は防音であるが、万が一の事を考えて彼女の様子を窺う為であった。

まあ寝ていらっしゃるだろう………と、ノホホンと思っていたナツキは。
見事に予想を裏切られ、そのまま隙間を閉じてしまった。

…………。
起きていらした。

(やれやれ……。)

息を吐く。致し方ない。ノックをする。早くお眠り下さい、と申し上げる為に。

「あ、ナツキ?丁度いいところに来たわ!ちょっといらっしゃい。」
「……… は  …へっ?あ、りょ了解です」

またもや予想外の言葉に、姫様の溌剌としてどこかウキウキとした口振りに、ナツキは完全に動揺してしまった。ぎこちない様子でそっと入室する。妙に上機嫌なネローネと目があった。
真夜中だというのに、この御方は……。心の中で溜息。

「姫様、もうお眠り下「接吻をして!」仕方ないですね一回だけですよ…      え゙ っ ?」

予想外、どころか信じられない信じたくない聞き間違いだと信じたい。
ナツキは目を丸くしたまま固まってしまった。そんな彼に、ネローネはある絵本を眼前に広げる。

「この絵本……ね、お姫様の呪いが、王子様の接吻で解けるというものですの!」

喜々と広げているその頁、確かに呪いでケダモノの姿に変えられたお姫様が王子様のキスで元の姿に戻るというモノであった。

「だから、わたくしの悪霊も……接吻をして頂いたらひょっとしたら、と思いますの!」

そう言って、ネローネは絵本を胸に抱きしめて眩い美しい綺麗な笑顔を浮かべた。一方ナツキは硬い引きつった冷や汗まみれの困った笑顔。

「しっしかしですよ姫様あのっあのアレ私はですね決して王子様なんかでは御座いませんただのしがない四十路の中年で御座いますよオッサンで御座いますよ加齢臭がうつってしまいますよ!!それにまだ歯磨きしてませんし口唇は乾燥しきってガッサガサですし!!」
「んー……ではナツキ、命令です。わたくしに接吻なさい。」
「ゔッ………!!」

命令。
一国の姫の命令。
王族の命令。
民衆に抗う術は無い。

ナツキは黙り込んでしまった。ちょっとずつ後退る。

「ナツキ……。わたくし真面目ですの。悪霊を……本当に、何とかしたいのです。」
「…………はい、」

曖昧に頷く。

(もう一人の“姫様”は……どう思っていらっしゃるのか)

もし、本当に“悪霊”が祓えたら………。それはもう一人のネローネの死を意味する。
ここで自分が姫に口付ければ、自分は“もう一人”を裏切った事になる。だがしなければ“今のネローネ”を裏切る事になるのだ。


どうする――――……


ちらり、ネローネを見遣ってみる。
その刹那、腕を強く引っ張られた!

「あ、わあ!?」

バランスが崩れる。ばふんとこれは、ベッドの感触。

「あ」

しまった、





口が塞がったのは、同時。

「……………  !!」

目も口もぎゅっと瞑った。流石に突き飛ばす事は出来ないが、少し肩を押して抵抗を示す。頬にさらりと金の髪がかかった。
……その時、ネローネがナツキの腕の皮を強く摘んで捻った!

「い゙ッ!」

脳の制御を振り切って、苦痛の呻きが口から漏れ出でる。……そしてナツキはその事を強く後悔した。

「………ッんぐ、」

咥内の、生暖かく湿った感触。自分の舌に絡む其れは間違い無く、ネローネのモノであった。

「〜〜っ は、 ちょ、ッ…駄 …ッ目ですっ て……  !」

唾液の交じる淫靡な音がする。

ややあって響いたのは、狂気のモノの笑い声だった。

「………くくっ、ふはははは!!」

顔を上げる。“ネローネ”が。

「莫迦め!御伽噺と現実を混同してんじゃねぇえよ莫迦め!!見ろナツキ舌まで挿れてやったが妾はこの通りだが!!?HAHAHAHAHAHAHA!!莫迦め!!!………ん゙?」

見下ろす。
ナツキは白目を剥いていた。
その右腕には注射器が突き刺さっていた。

「    〜〜〜  … 」
「……コイツ…トリップしやがったな、逃げやがって。HAHAHA面白い奴だ」

歯を剥き出して笑い、ネローネはトリップ中のナツキの横に寝転がった。

ナツキを裸にして自分も脱いで“そーゆー事があった”ようにしてやろうかと思ったが、流石にナツキが今度はあの世に永久トリップしてしまいそうなのでやめておいた。

目を閉じる。すぐ横が暖かい。

「…………オッサン臭ェ」

溜息の、直に。
意識は…眠気に…融けて…いった――――…………




××××




………

………ザァー

………ザァー



雨が降って居る。



………

ザァー。



グシャグシャの死体だった。



ザァー。

………




……ザァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。





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