獄焔CHaiN

神龍は問うた。
降参するのか、と。

余は答えた。
否、と。

そうか、と其れは答えた。
ならば罰せねばならぬと。



そして



余は、木の像へと封ぜられた。
肉体を剥ぎ取られ、力を奪われ、精神だけとなって。

自ら出る事は不可能だった。
だが、余は待って居た。
誰かが此の忌々しい封印を解いてくれるに違いない、と。


だが、助けが来る事は無かった。


誰も彼も、余が居なくなった事に安堵していた。
誰も、余が封印された事を知りもしない。
只、嗟平和になったと笑って居たのだ。


憤慨した。
憤慨は絶望となった。
絶望は悲哀となった。


何故。


都合の良い時は使っておいて。
奴等の危機的状況を打破してやったのに。
使い捨ての、不良な道具の様に使いおって。

だがどうする事も出来ない。
人の世界に、ぽつねんと置かれ。
永劫と云う牢獄。孤独と云う手枷。
誰も解らない。
声は届かない。
力も、精神も、魂も、少しずつ――――少しずつ、削られ、無くなって逝く。

そうしてやがて、言葉すらも削られ、無くなった。


嗟、このまま、少しずつ少しずつ………消えて、無くなって、死んで逝くのか。


孤独の闇で、そう悟った。


そして、決めた。
もう何も考えまい――――……考えるだけ無駄な事だ、と。



それから、一体この星は………何百回、何千回、廻ったのだろうな………。



@@@



エンはそう言葉を切ると、椅子に深くもたれこんで指を組んだ。
タチバナはじっと、目を逸らさずに其れの話を聴いていた。乾き気味の唇を少し舐め、相槌を打つ。

そうか――――
心の中で呟いた。

だからエンは、あんなにも荒れ果てた御堂に。
そして、言葉が無くって………肉体も無いから、自分の魂のエネルギーを媒体にしていたのか。

「………なんか、とんでもないスケールの話だな……」
「人間にはそう思えるだろう。……信じるか?」

薄ら笑って、挑戦的な黒がタチバナの目を射抜く。

「信じる。……なに、こんな世の中だ。何が起こったって、な。大して不思議じゃない」
「それもそうだな。」

二人は穏やかに笑んだ。
今更、嘘だの本当だのと議論し合っても埒が明かない。一体二人が騙し合ったところで何を得られようか?
互いは、互いを信頼していた。

だが、

穏やかな表情の裏で、タチバナは思う。
そうして、思った事をそのまま言の葉にのせた。

「………でもさ。何でエンは…力とかが奪われた状態で、俺と鎖で繋げられたんだ?」
「あぁ、その事か。」

明王は凛々しくしなやかな脚を組み替えた。

「……先程、昔の話をしたろう。今からその続きを話してやろう。……話を聴けば、それも解る筈だ。」

それから、昔語りが再び始まった。
静かに、密やかに。



@@@



それは或る日の出来事だった。

暗い暗い、闇の中で何か聞こえる、何か感じる。


余は久々に――――本当に久々、視覚というモノを使ってみた。

其処には…………腹に矢が刺さった奇妙な人間……タチバナ、御前が突っ立って居ったのだ。

最初は、追い剥ぎか何かに襲われた者が迷い込んできたのだろうと思っていた。只の人間だ、と。


だが然し、余は驚いた!!


その人間の手には、宝玉が抱えられていた――――使用者の願いを叶える秘宝、神龍の宝玉が!
何故、こんな人間が神龍の宝玉を………。余は驚いたと同時に、願った。本当に久し振りに、“希望”というものを持ったのだ!願ったのだ!
消え入りそうな精神で。

あれが、少しでも余の……像に、触れて欲しい、と。

神龍の宝玉が少しでも余に触れれば………その“願いを叶える力”で、余は完全に復活する事ができる!


斯くして、其れは――――余の像に触れた。
御前の手から、滑り落ちて。
微か、脚の指先に。


願った。祈った!


だが…………

余は、失敗してしまったのだった。

「復活したい」
と願う筈が、
「此処から出たい」
と、……いつの間にやら願っていたのだ。

だが、兎にも角にも余の封印は解けた。


嗟、その時………どれほど嬉しかったことか!清々しかったことか!
余は自由だ!

と、思った。
然しその時、鎖で御前と繋がっている事を知った。
御前の力で此の世に姿を留められている事を知った。
そして御前が、あの修道僧らに追われている事を知った。

結論はすぐに出た。

御前を護らねば、余は消えてしまう、と。

そうして余は、御前を護った。………まるで力が出なくて、歯がゆかったが。



だがな。……驚かないで欲しい。



最初は――――御前を、喰おうと思っていたのだ。
御前の魂は確かにカスカスで、全く余の力にはならぬ。故に、御前の魂を根こそぎ喰らい、身体が保っている間に他の者の魂を喰って、喰って、完全に力を取り戻そうと目論んでいたのだ。

だが、それを行わなかった。
何故か?
余にも、よく解らぬ。
本当に、解らぬのだ――――



御前の側に居るだけで、心を灼き続けてきたあの怒りの焔が、消えるなんて。



不思議だった。
どうして、こんなただの人間が、と思った。
だが何故か心が安らいで居る。今まで安らぎなど、微塵も無かったというのに。

そして、こう思ったのだ。



“御前を護りたい”



と。

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あきゅろす。
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