獄焔CHaiN

「ずっとさぁ…………気になってたんだ、俺。」

一度、目を閉じる。暗くなる視界。そうやって思い返す。
暗い夜、辿り着いた――――御堂、朱い、神。

「何で、」

目をゆっくり開けた。

「お前は………俺の味方、なんだ?」

エンと視線が絡み合う。
ずっと疑問に思っていた。出逢った時から。
其れは自分が傷つこうとも、ずっと自分を護り……側にいてくれた。大切にしてくれた。
どれほど嬉しかったことか!
この、平凡以下で残念すぎる矮小な自分にとって、其れは。
でも不思議だった。
何故、こんな自分を。
何故?

「………――――」

エンは僅かに口を開けた。そのまま――――ふ…ぅ、と、息を吐く。
視線は合わさった侭。

「何故、か。」

譫言の様に呟いた。


「解らん。」


と。
明王は、少し困った顔をして答えた。

「……え?解らんって…」
「解らんものは、解らんのだ。」

言って、其れは頬杖の手を胸の前で組む。難しい数式を前にした学生の様な顔をして、上目気味にタチバナを見る。

「…………………」

それから、明王は黙って天井をて仰いだ。相変わらずの表情で。沈黙。地獄というのは本当に静かで、何も聞こえずしぃんと空気が横たわっている。ひょっとしたら、静かなのはこの辺りだけなのかもしれないが――――兎に角、無音だった。タチバナは横目で素晴らしい造りの庭を見ていた。

「………………少し、」

何処か――――ぼんやりとした声に。タチバナはさっと視線を戻した。エンも視線を戻していた。

「昔の話をしよう。」
「昔の話?」
「うむ。……昔々の、本当に――――遠い昔のお話だ。」

そう言うと、エンは再び頬杖をついた。細められた黒い目は、庭を………否、それの遥か彼方を眺望していた。


そうして、昔語りは幕を開ける。



@@@



――――煉獄の奥深く、目を覚ましたのはいつの頃か。
解らないし、知る由も無い。
只、はっきりと解っていたのは自分が“憤怒”と“破壊”の神である事。
それと………

灼き斬られるかの様な、激しい怒りだった。

何故かは解らぬ。只、心の中でいつも憤怒の焔が燃えていた。憎らしく、許せんのだ。目に映る全てが。
その怒りは………収まる事無く、常に余の心で燃え続けていた。ずっと、いつまでも。訳も解らず、理不尽な怒りに全てを任せていた。

寄り付く者など誰も居らぬ。
全てが余を畏れた。
全てが平伏した。
全てが跪いた。

何も無い、誰も居ない遙か遙か深淵の地で――――余は、“焔”と呼ばれていた。
此の心の抑え切れぬ怒りが、手当たり次第の全てを焼き捨て灰にしたからだ。

只――――怒りが頭を真っ赤に染め上げていた。
遙か昔の記憶が殆ど無いのは、その所為だと思う。



そんな時であった。



地獄と天国の間では、いざこざが多々起こっていた。
詳しい理由は知らぬ。知りたくも無いが………兎に角、地獄と天国は仲が悪かった。

憎しみは憎しみを産み、
報復、復讐、仇討ちの連鎖は止まず、
そうしてまた、憎しみと怒りは大きくなっていった。

口喧嘩は殴り合いに。
殴り合いは殺し合いに。
殺し合いは――――戦争になった。

地獄と天国との全面戦争だ。
今の世の中では考えられんか?まぁ、そうだろうな。
だが此は真実であり、事実である。疑いたいのなら疑えばよいが、な。


戦争が始まり――――


地獄は天国の圧倒的戦力の前に、呆気なく………瞬く間に、敗色を強めていった。
地獄が敗れるのは時間の問題であった。まるで不治の病にかかった赤子の様に、虫の息をしている状態だった。

そのような時分だ。

地獄の全てが平伏し、こう云ってきた。


もう貴方だけが頼りだ――――と。


奴等は余に戦うよう懇願してきたのだ。
余はそれを引き受けた。

斯くして、“斬る”神や……地獄で疎まれ、畏れられてきた曲者や変わり者ばかりの“精鋭”を率い、余は地獄を出た。


そして


全てを薙ぎ払った
全てを焼き尽くした
全てを壊し尽くした
全てを殺し尽くした
全てを消し尽くした


やがて薙ぎ払い焼き壊し殺し消すものさえ無くなった。



焼け野原で、我々は立ち尽くした。



そんな我々のもとに現れたのが――――神龍であった。



神龍とは、天国のものでも地獄のものでも、此の世のものでも彼の世のものでも無く………そうでもあるものだ。
此の世界の規則、とでも云うべきか。

其れは、剰りにも世の秩序を乱し過ぎた我々を殺しに来たのだった。
我々は立ち向かった。
そうして…………殆どが、呆気なく殺された。
何とか生き残ったのは、余とごく僅かな者のみ。
その僅かな者も神龍には叶わぬと解ると、逃げて行ったり其れに屈服したりして――――気が付けば余は只一人となって居た。

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