獄焔CHaiN

ゴゥッ、と――――

真っ赤な焔が、全てを舐め尽くした。

「うぉわっ………」

その焔の勢いに、タチバナは思わず手で顔を庇った。凄まじい熱気が吹き付けてくる。

そうして、焔が消え去った後。
そこには何も残っていなかった。

「っ………!」

タチバナは、慄然としてそれを眺める。佇んで居るのは明王唯一人。

「……………。」

黙して居る。其れは透明さすら覚える程の無の表情を浮かべ、じっと焼き払われた其処を眺めていた。
何故か
タチバナには其れが、ひどく哀しげに見えた。

「タチバナ」

流麗な音色。神が振り返った。それから、何か言おうとしたのか――――一瞬だけ口を開け、そして、噤む。

「俺は大丈夫」

其れの隣に立ち、タチバナは言った。エンと同じ方へ顔を向ける。きれいさっぱり何も無かった。

「“お前が怖い”とか思ってねーし。……ま、確かにさっきのはアレだったけどさ。でもよ、今更……なぁ?うーん、なんつーか………あーもー、俺を誰だと思ってんだエン」
「……タチバナはタチバナだが。」
「そーゆーことだ。わかったか」
「…………解った。…御前は優しいな。」
「俺だからな」

茶化してみたが、何だか照れくさくなって鼻を掻くフリで顔を隠した。



@@@



どうしたものか、と盗賊達は船の中で黙り込んでいた。
これを寄越せと言ってきたヤツザキサマはどっかに行ったし、今、変に外へ出ると例の争いに巻き込まれてしまうかもしれない。
面倒臭い事になった――――と、スオウは煙草を吹かしながらぼんやり天井を眺めていた。横に座って居るウツギは平和な面して眠っている。仲間達も、ひたすらぼけーっとしていたり、ただ時間を消費したいが為に本や新聞を読んでいたり、ウツギの様に眠りに身を任せていたり……様々だ。

「飴ちゃん食べる?」

不意に視界の端に現れた、ハデな色したロリポップ。

「……要るか、」

避けるようにして振り返る、其処には。
ダンボールを被った奇妙な男……ヤツザキサマが。

「どァーびっくりしたァアアアアアア!!!」

がッたこーん、と椅子ごとすっ転ぶ。いきなりの出来事に、他の盗賊も一斉に口にしていたコーヒーを吹き出したり本や新聞を落っことしたり飛び上がったりした。ウツギだけは夢の中に居た。

「にゃっははははははは〜〜ナイスリアクションなんだなー」

一律に狼狽しきった顔で己を見てくる彼らの様子がなんとも滑稽で、ヤツザキサマは膝を叩いて大はしゃぎしていた。ありがとう、その辺のコントより面白かったよ。盗賊なんか辞めてコント集団になったら、とまで付け加える。

「………い、いつの間に戻って…」

すっ転んだ時に強打した尻の痛みに顔を顰めつつ、体勢を正しくしたスオウは呟いた。

「たった今なんだな、うん。」

ロリポップを手近に居た盗賊に半ば押しつける様に手渡し、神は椅子にどっこらしょいっと腰掛けた。
全く神というモンは気紛れだ……そして大層な名前の気難しい数学者が編み出した数式よりも難解で意味不明。あーぁ、とスオウは心の中で吐き出した。

「どこ行ってたんだアンタ」

ヤツザキサマの肩越しに、其れが手渡した飴を巡るジャンケン対決が垣間見える。それを眺めながら、盗賊のリーダーは問うた。

「その辺」
「その辺て……」
「いやー、ね。うん。知り合い………うん、知り合いだな、ちょっくら知り合いに会いに行ってたんだな。」
「あー、そーですか。」

ふー、と紫煙を吐き出す。肩越しの対決は、見事鰐獣人の勝利で決着がついていた。
会いに行くなら行くで何かしら言えよな、と思ったが口にはしない。言ったところで聞きやしないだろう。
それにしても、知り合いか。この変な神様と知り合い…………どんな奴なんだろな。ビニール袋被ってたりして。
横で眠るウツギの髪を柔らかく撫でつつ彼はそう思った。少し興味が湧いたので聞いてみることにした。

「ヤツザキサマ。」
「うん」
「知り合いって、やっぱ神様なのか?」
「アタリアタリ〜。いやー、よぉーく分かったねー、うん。そだよ、神様。由緒正しき神様なんだな。」
「へー……。何だ、ここの土地神か何かか?」
「いやいや、いやいやいや。とんでもないとんでもない。そんなみみっちいモンじゃないんだな、うん。僕より格の高いすんっっっっごい神様なんだな、うん。」
「アンタより上の?……つか、神様にもあんだな、上下関係。」
「まぁねー。こう見えて僕ぁそれなりに偉ーい神様なんだな」
「そんなアンタより上の神様……なんだ、閻魔様か?」
「それよりすんっっっっごい」
「なにィ」
「“憤怒”の神様なんだな」
「憤怒の………」

へぇ、と頷く。ウツギが何やらもにゃもにゃと寝言を言っていた。

「ところで……えー、あー、スオウ君…だっけ?」

唐突に、ダンボールの神は新たな話題を持ち出してきた。何だと返す。

「コロネ「台所」ヒャッホゥ」

次の瞬間、神は視界から消え失せていた。
神出鬼没、とは正に。

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