獄焔CHaiN
十三
まあ、あれだけ強く、人のモノより寧ろ獣のそれに近い牙に噛まれたらそうなるだろう。
「血がああああ血がいっぱい出てるーーーーーッ」
丁度、牙が突き立てられた所に二つ。傷口からはどろどろと流血。スプラッターな光景に、タチバナは死ぬゥと叫んだ。
「………、」
ああ何だ、傷の事かとエンが首を僅かに傾げた。そのまますいとタチバナの手を取ると、躊躇うことなく真っ赤な傷に口を寄せた。
「 っ !」
吃驚して、思わず緊張してしまう。ちゅぅ、と血が啜られる音とそれが嚥下する音と、傷口に舌が這う感覚に、なんだかむず痒い様な、心臓が跳ねる様な……そんな感じに、顔が赤くなりそう…いや、なっていた。
傷を治してくれている。いや、それは解ってるんだが……
この、ほぼ密着した状態、で……
視線ともう片手のやり場に困り、タチバナはヘルメットを被り直すようにしながら緩く俯いてみた。エンの腰布から、獣の様なしなやかさと凛々しさを持つ脚が覗いていて余計に視線のやり場に困った。
ややあって、んぐ、と飲み下す音。傷からの出血はもうない。タチバナが射られたあの時の様に、損傷した組織は再生していた。
「あ …りがとよ」
何で俺、照れてんだと自らに指摘を投げかけつつタチバナはさっと立ち上がった。エンも立ち上がる。
さて、ここは一体………
一体………
何これ。
タチバナの機能が、フリーズした。
まず第一。
何故、自分の命を狙っているあのモンキー忍者野郎が鼻血ぶっこいて白目でぶっ倒れてやがる。
その次に。
どうして、自分の命を狙っているあのクレイジー掃除係が壁に磔にされたまま鼻提灯ぶっこいて白目でぶち眠ってやがる。
つか、ここ何処だよ。
エンに肋をクラッシュされてからの記憶がない。窓が割れている―――俺達は落っこちて、そのままあの窓からこのよくわからん建物へ?
え、てか何でツバキのアホとアサギのばかちんが夢の共演しちゃってんの、縁起悪ゥッ
こんな物騒な所、トンズラぶちかますのがイッチバーンでーーすよねぇーーーー!!!
そんなこんなで逃げちゃうぜ
「エン、行こう」
くるりと踵を返し、タチバナは高級そうな、レトロな造りの扉へ向かった。
だが、その時。
「タチバナァーーー!大丈夫かァーー!?」
バォンッ、とエンジン音を響かせて。
硝子のない窓から、ウツギがホウキから着地をとりながら入ってきた。
「バッ……!ちょ、静かにしろっ」
咄嗟に振り返ったタチバナは、大声で怒鳴りたい気持ちと舌打ちしたい気持ちをぐっと噛み堪えて振り返った。エンは横目で一瞬ウツギを確認しただけであった。
「お前がきなりよォーー落っこちやがったもんだからびっくらこいたぜェーーー!……で、魔王はやっつけちまったのかァー!?」
話の前半部分より、圧倒的に後半部分の方が重要だったようだ。遠足のバスに乗る寸前の小学生の様に、目をキラキラさせてウツギは訊いた。だが、タチバナは魔王ゥ?と首を傾げる。包帯の男は目を少し見開いた。金属の尻尾がふわんと揺れた。
「ここ、魔王の根城だぞォーー?」
「…え゙ッ マジで」
「マジマジ。この部屋の荒れ具合……もう戦ったんじゃァねぇのかよォー?ソレか?その白目で鼻血こいてるヤツが魔王なのかァーーー?」
「い、いやいや違うぜ……それよりウツギ、もちっと静かに………」
「 ―――あっ」
ふと、横を見たウツギの動作が止まった。その視線の先には……磔状態で、ぐっすりと熟睡中のアサギが。(というか、よくもまあ掌に手裏剣がぶっ刺さったまま眠れるものだ。)
「………アイツって確か…よォーーー」
記憶を辿る。そうだ、アイツは。自分達が電車を襲った時に、仲間達をボッコボコにした奴らの一人。
「……おいおい止めとけって…あ、アイツらのことなんかほっといて魔王探そーぜ魔王っ」
いいこと閃いた、と言わんばかりに悪戯っぽい笑みをいっぱいにするウツギを制止しようと、タチバナはその肩を掴むべく手を伸ばす。だが、その瞬間に彼は既に走り出していた。
「敵はツブせるときにツブしとくのが当たり前だよなァーーーー!!死ねぇい!!」
待てウツギ、余計なことすんな――――そんな言葉が、タチバナの咽から出る前に。
ウツギのドロップキックが、アサギの腹に直撃クリティカルした。
「ごプーーーーーッ!!!」
めきりぃ、と鈍たらしいことこの上ない音をたてて、アサギの口から反吐イン血反吐が吹き出した。ウツギはしてやったり顔で着地する。仲間達のカタキだ、と。
「おまっ………安眠妨害は即パッチで死刑ぇえええええぁあああぶっ殺殺殺殺殺殺殺殺殺すすっすすすすす!!!」
アサギ、覚醒。
二つ以上の意味で、覚醒した。
アサギは悪い者と、食事の邪魔をする者と、「一口ちょうだい」とか言っといてガッツリ喰う者と――――とりわけ、いや世界一、睡眠を邪魔してくる者が大っ嫌いであった。
その怒りは――――ツバキにコケにされた時の、軽く百倍。
その証拠に、びきりびきりと血管が浮き上がり、怒気と覇気に頭髪は逆上し見開かれた目は瞳孔が開いていた。
「がぐァあああああああああどるあああああああ!!!」
無理矢理。
掌の手裏剣を、痛みや出血に全く怯む事なく壁から引っこ抜いた。
ずるり、愛器を、取る。
びりびりびりびり、大気が震える。大地が震える。
鬼だ。鬼が居る。金棒を持った、鬼が。
二人の顔は青ざめた。
「……ウぅ〜〜ツギ〜〜ぃ…ちょっ…お前、どーしてくれんのコレ」
「……えっへへェー…調子こいちったぜェーーごめんちゃ」
後ずさる。そして後ずさる。エンだけは瞳に殺気を孕ませ其れを見据えて居た。
その、背後――――
(此は……正に好機ッ!!)
つい先程、気絶から復活したツバキが――――地に伏せ、刀を手にタチバナへ忍び寄っていた。
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