獄焔CHaiN
アニキの理由
盗賊兄弟が若い頃のお話
「…おにーーちゃーん待ってよォーー」
「遅ェぞウツギ。さっさと歩け」
シャッターがやや目立つ古ぼけた商店街。先を歩く兄の背を、まだ声変わりしていない少年が追う。
彼の身体は包帯まみれで、僅か顔の左半分だけが露出していた。動かす右腕は、少しぎこちない。
「おにーちゃん歩くの早いんだよォー」
やっと追いついたその横で、少し息を荒くしながら兄を見上げる。お前が遅いんだ、とデコピンされた。
兄がまた歩き出す。今度は遅れないように手を握ろうとした…が、その瞬間ポケットへ仕舞い込まれてしまい。仕方なく、袖を掴んだ。
「おにーちゃん」
「……。兄貴って呼べって前も言ったろ」
「なんで?」
「何ででも。解ったか」
「うェーーーい」
ぎゅーと袖を絞るように握りながらウツギは返事をした。前まではおにーちゃん、でよかったのに。なんで?そんな事を思いながら、斑な人通りの道を行く。
前を見据えるスオウは、弟がやたらと袖をいじってくるのでポケットから解放した手でその手をひっ掴んだ。ウツギは両手で袖を弄っていたが、スオウの手ならばそれを両方とも拘束する事ができた。
「おに……あー、アニキの手ェ冷てェーー」
(お、ちゃんと言いやがった)「お前が子供体温なだけじゃねーの」
「じゃァおにーちゃんは大人体温かァー。大人はみんな冷てェのかァーー?」
(戻った…)「まァな。冷え性の奴なんか半端ねェぞ。凍傷すんぞマイナス五十度だぞ」
「コエェーーーー!!」
あー、ほんと馬鹿だなコイツとか思い、小さな温かさを握りしめる。
「アニキィー」
ふと、弾むような口調で話しかけてきた。見上げてくるあどけない顔は、眩しい笑顔で。
「冷え性なるなよォーー」
やっと片方、脱出した手を兄の大きな手に重ねた。
「おにーちゃんと手ェつなげなくなっちまうのヤダからよォーー」
ぎゅっと加わるその力は、嗚呼子供体温。春の日溜まりの様な。
「――――………だーからアニキて呼べっつったろ。」
後頭部を掻いて、それだけ言えた。おぅアニキー、と高い声は元気良く答えた。
この歳でお兄ちゃん、などと呼ばれるのは何だか趣味悪い。なので弟に“兄貴”と呼ばせよう。
と、スオウは思っていた…が。
“お兄ちゃん”と呼ばれなくなるのは、それはそれで……少しだけ、寂しいかもしれない。
なんて思いながら、また弟がおにーちゃん、と言ったのでアニキだ、と訂正をした。
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