獄焔CHaiN

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

スパーンッと光の速さでエンから離れて正座までしたタチバナは手をマッハで振って誤解を解こうとした。

状況を説明すれば、こうだ。

1、タチバナは半分寝ていた。
2、エンがじゃれついてきた。
3、引っ張られてバランスが崩れた。
4、ああなった。

「……っつーワケなんだ。決して…あの……セクシャルなアレでは…無いんです……!」
「そーなのかァーーー」

タチバナが切実な目で見てくるので、ウツギはそれを信じる事にした。エンは無機質な表情でタチバナとウツギを交互に見てから、瞬きを一つ。

「それより……あの…コレ、どーゆーこと?」

無駄に明るい苦笑で、タチバナは鉄格子を指で小突いた。コンコン、と硬い音がする。ウツギは申し訳なさそうな顔で後頭部を掻いた。

「あァーー……悪ィなァーーーアニキの命令らしーんだがよォーー………」

もう一度、悪いなと謝ってからウツギは鍵を開けた。それから、にぱっと笑った。

メシ喰いに行こう、と。



@@@



中華料理だった。

鰐の獣人だとかいう盗賊の一員の実家が、なんでも中華料理屋だとか、なんとか。で、なんだかメタボ気味な、子分らの中ではリーダー格の中年男がそこに勤めていたとか、なんとか。

「ウマイなー!」

ラーメンを嚥下すると、感想がほぼ無意識に喉から飛び出してきた。それぐらい、美味い。いやぁ、“美味い”という字は本当に良くできている。“美しい”“味”か。うんうん。

「だろーーまぁ俺の作ったモンだからな。ウマくって当たり前じゃい」

ガタイの良い男が、獣を表す鋭い牙を剥いて笑った。直後、力と中華料理以外じゃ取り柄ねーがな、と何処からか呟かれた言葉に場がどっと沸き上がった。誰だ今の、という彼の大声もそれにもまれて消え失せる。

「に、してもさぁーこの朱いあんちゃん強ぇーよなーぁ!」

タチバナの向かいに座って居る魔法使いの盗賊がエンに目をやってから、ずらした覆面の下にあった口に餃子を放り込んだ。

「タチバナだっけか、お前さんの式神?召還獣?」

曲刀を背負った盗賊がチャーハンを頬張りながらもごもごと訊ねてきた。いやいや、とタチバナは手を振った。

「獄焔憤怒明王っつー――――神様だ」
「………」

一同の動きが、ピタリと止んだ。唯一人、もうその事を知っていたウツギだけはのんびりと唐揚げを噛っていた。

「……神…」
「うっわ…初めて見た」
「あー、どーりで…」
「ひょえー」
「すげー……」
「拝んどこっ…」

皆の視線が集まる中、明王はただ凛と座って居た。盗賊らには、全く興味が無いらしい。彼らより唐揚げの方が興味をそそっているようだ。それをじぃと見ている。よく思うのだが、この明王は鳥肉が好物なのだろうか。

「………おい、ちょっと待て」

そんな中、剣呑な様子で呟いたのは…スオウだった。途端、エンに集まっていた視線が、険しい顔を見せる彼に集まった。ウツギまでもが、彼へ視線を向けている。口元を拭いながら。

「獄焔憤怒明王………と、言ったな…?」
「え?…はぁ、言いましたが………エンの、…コイツの事、何か知ってるんですか?」
「……逆に訊くぞ。“何故ソイツの事を何も知っていない?”」
「――――え」

タチバナは箸を下ろしてスオウを見据えた。彼は、呆れかえって溜息を吐いた。

「何だお前……“鎖”で繋がってるクセに、何にも知らねーのか?」
「鎖って……あ、コレの事ですか?確かコレが…なんか、魂のエネルギーを渡してるとかなんとか、ですよね」

タチバナは胸から延びている鎖を指で摘んだ。じゃらん、と拍子に鳴った。スオウは眉間に皺を寄せた。

「そうだ。それはお前の魂の力を明王へ受け渡す供給管みてーなもんだ。………で、何で生きてんのお前。」
「……へ?」

思ってもみなかった言葉がいきなり飛び出てきて、タチバナは三白眼を丸くした。それって……どういう………

「その鎖はな……。本来、生贄として捧げられた奴の命を神が貪る時に繋がるモンだぞ。普通なら……魂の力を根刮ぎ吸い取られてミイラ化してんだがな、お前。」
「………え、ええええええええええええ!!?」

タチバナは咄嗟にエンを見た。慌てたその様子に、其れの瞳が心配そうな色を湛える。首を傾げて、顔をじぃと見つめてきた。
……生贄?貪る?魂の力を?根刮ぎ?ミイラ化?

「一つ教えてやろうか、タチバナ」

スオウが水を一口飲んだ。

「獄焔憤怒明王は。…遙か古、一度この星を焼き尽くしたという。地獄の…遙か深淵。常に自身の身が灼き切れそうな程の怒りを携え、それを沈めんと全てを燃やし尽くし壊し尽くし殺し尽くす……其れは何かも誰もかもを憎み、恨んで居る破壊の神だ………って、な。西の方の、古ーーーい伝説だ。……まさか、その“伝説”にお目にかかれるたぁ、俺も思っちゃいなかったよ」

呆れた様な、不思議がるような言い方だった。へぇ〜、と頷いたのはタチバナだけでなく。

「エン……やっぱお前、とんでもねーのな」

ぬぼーっとしていた明王の顔を覗き込む。それから……ふと、思った。

そういえば………エンって、何で東のあの村に居たんだろう。それも、ボロッボロの……何にも無い御堂に。

(祀られてるってゆーか……封印されてるって感じに近かったし)

やっぱり、破壊神……だからだろうか。
明王はどうかしたのかと言いたげな様子で、その真っ黒な双眸にヘルメットの男を映し込んでいる。
常に自身の身が灼き切れそうな程の怒りを携え……か。
戦いの最中では、敵に対して凄まじい憤怒の念を発するが……
今、此処に於いて、少なくとも怒りは感じられない。

……所詮は伝説。言い伝えに過ぎないって事か。

「………ま、伝説がどーであれ何であれ…お前はお前だもんな」

唐揚げを一つ差し出すと、待ってましたと言わんばかりに食い付いた。

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