獄焔CHaiN

暇だからと、いつものようにウツギはスオウの部屋でのんびりと時間を潰す。

「おいウツギ」

…筈だったのだが。

ぐわしっ、と頭頂で結った茶色い髪をひっ掴まれた。

「どういう事だ…?」

なんだか。
不機嫌なスオウに、ギロリと睨まれる。何が、と頭皮の軋る痛みに耐えながら訊いた。

「あの、雑魚そうな凡才野郎の事だ馬鹿!ついこの前に言った筈だぞ、アイツは南の在る組織の下っ端で、掃除係っつー……遭っただろ?アイツら。アイツに追われてやがるんだ。厄介事になったら……」
「あっ、でもその掃除…係?ならさっきやっつけたじゃねーかよォーー」
「殺しちゃいねーだろ馬鹿!奴等まだ生きてやがんだぞ」
「あっ……」
「く そ た わ け ! !」

ゴッツ!と硬くて鈍い音。スオウがウツギに頭突きをした。ひぎゃーっと哀れな悲鳴。

(ぐっ…思ったより石頭じゃねーかこの愚弟ッ…!)「そもそも訳も分からん奴を船に入れるなと何度言ってきたことか!これで何回目だ?馬鹿!阿呆!穀潰し!」
(うぐ…思ったより石頭だったぜェーアニキッ…!)「だ、だってェーー…」
「喧しい何がだってだ馬鹿!お前はもうちっと警戒心っつーのを持て!もう忘れたのか?知り合ったからとホイホイ船に連れてきた奴がドギツイ変態の吸血鬼でッ」
「…あ゙ーーーッ止めて言わないでェーーーあの無理矢理血ィ飲まそうとしてきたドM野郎の事は忘れたいんだよォォォォォ!!!」
「エライ目に遭ったんなら警戒心持て馬鹿!!」
「でもアイツ悪いヤツじゃねーし……仲良くなれそーだしよォー…」
「………。」

呆れた様にスオウは腕を組んだ。
っとにコイツは。
直ぐ他人に懐きやがって。

「……はぁ。」

溜息を一つ。苛立ちを誤魔化す様に煙草に火を点けた。ウツギは胸の前で指を組んで、彼をじっと見つめている。それから苦笑の様なモノを浮かべて、

「アニキはヤキモチさんだなァーー」
「あ゙?お前いい加減にしねーと生皮ぶち剥ぐぞこのカス」
「ヒィ!ごっごめんごめん」

冗談だよォーと困った笑いをした。スオウは無言で煙を吸う。

(嫉妬?ハァ?この俺が嫉妬だと?馬鹿か)

吐く。吸う。靄は霞んで、それから消える。そしてまたできる。

「……俺はだな」

揺蕩う霞にぼんやり目をやって、言う。

「ちょっとだけ気に食わんだけだ…!」

ふん、と眉間に皺を寄せる。横目で見た弟は、きょとんと首を傾げて居た。

「何がだよォーー?」
「………お前が」
「えェーオレぇえ!?」
「お前が他の奴に直ぐ懐きやがるのがだアホボケカス!!お前みてーな愚弟を一々心配しちまう俺の身にもなってみろくそたわけ!!っとにお前は昔っからァア!!ほんとにもう!そんな子に育てた覚えはねーぞ!!馬鹿ッ」

一気にまくしたてる。それから、散々言っておいて後悔した。例えるなら……そう、正に“穴が在ったら入りたい”。何ほざいてんだ俺。あー
ほら見ろ、奴が調子に乗る。

「…へへェーーー」

ちょっと照れたような、嬉しそうな……それから、勝ち誇ったような。そんな笑顔を、ウツギは浮かべて居た。ああ畜生。

「大丈夫だよォーーオレ、アニキからはなれてったりしねェーもんっ」

にぱ、と笑って飛びついてきた。片方しか見れない彼の目は、笑顔に細められている。

「俺から絶対離れんなよ、って、ちっこいころに言ったのアニキじゃんかよォーー。オレ約束は破んねーぜェーー」

耳の側で、弾む様に言う。あやす様に、背中を撫でながら。スオウはこの野郎と呟いて、煙草をすぐ側にあった灰皿に押し付けた。

「………あんまり」
「ん?」
「調子に乗るなよ?」
「へ―――― わっ」

力任せに、スオウは彼を押し倒した。ばふ、と柔らかい其処は、寝台の上。

「ったく、お前っつー奴は」

額に、口付けを落とす。

「ん…………今から?」
「時間ならまだあんだろ」
「んーー…うん」
「嫌か?」
「ううん」

ウツギが彼に手を伸ばす。
がちゃりっ、と何とはなしにドアが開いたのはそんな時で。

「リーダ〜メシできまっ……」
「あ゙」
「うぉ」
「ウワアアアアア失礼致しましたウワアアアアアアアアアアア」

ばたーーん!!

閉まるドア、猛ダッシュの足音。

「うぉああああああ待て待ちやがれ誤解だ待て待ちなさい待つんだ貴様ァアアアアアアア!!!」

猛然と、スオウは子分を追った。
がらんとした部屋、ウツギは一人きょとんとして居た。

「……ん、そーいやァメシとか言ってたなァー」

そうだ、タチバナは何処だろう。そう思ったウツギは兄の寝台からひょいと降り立つと、遠くの方からさっきの子分のモノと思われる悲鳴が微かに聞こえた廊下を進んだ。
仲間に出会したのはすぐの事で。
彼に、来客の居場所を訊いてみた。

「あー、アイツですか?スオウさんのご命令で牢屋にぶちこんどきましたが」
「……えぇえええ!?」
「あれっマズかったですかね?」
「あー……あーもォ」

言下、ウツギは走り出した。全く、アニキのばか!

其処には、すぐに辿り着いた。

「悪ィなタチバナァーー!」

謝罪と共にドアを開ける。

「…あ゙ッ!」
「…」

タチバナは、
エンを押し倒した状態で、居た。

「あァーーー……アレ、アレかァーー…そーだ、アレっ!デ…デジャビュ!!」

ウツギは手を打って頷いた。

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