獄焔CHaiN

「いやー快適だわこりゃ」

その辺に打ち捨てられていた自転車。
で、ウキウキサイクリング。
タチバナは口笛を吹いた。後ろには、二ケツ状態のエンがぎゅうっと彼にしがみついている。人が多く、道が狭めなのでスイスイと…とはいかないが、歩くよりは、いい。

タチバナは結局、魔王退治は諦めた。君子危うきに近寄らずって奴だ。うんうん。まぁ、かたっくるしく考える事なんてないよな、疲れちまう。とりあえず、このチャリンコで行ける所まで行ってみよう。西は…こっちで合ってるな。
タチバナは空を見上げた。青が薄いのは、ここが剰りにも都会だからだ。ふーぅ、と息を吐き……がたんっ、と一際揺れた刹那、自転車に慣れていないらしいエンがぎゅーっ!と腕に力を込めたので、危うく肋がジェノサイドされるところだった。

「ごっふぅ……ちょ、死ぬわ!」
「…〜〜〜」

ちょっと振り返って叱る。ごめんなさい、と言いたげな上目が返ってきた。
前へ顔を向ける。西の果ては何処なんだろーなー、とか、呟いて。

ぼんやりと午後は流れて行く。


「平和だなー」

ちらりと振り返ってみた。明王は、物珍しそうに町並みを眺めている。互いに隙間のない、たくさんのビルディング。我が我がといっぱいに張り出された看板。多くの人々に、車の行列。露店からはいい匂い。
其れは、何を思っているのだろうか。ただ、じぃと黒の双眸。遠い異国を感じる、端正な顔立ち。大分慣れてきたのか、大きな揺れでぎゅっと胴を締め付けてくることは無くなってきた。自転車移動の、僅かな振動で金襴の装飾が典雅な音色を奏でている。しゃらしゃらり、と。歌の様に。静かな、綺麗な。
ふと、目が合った。本当に綺麗な黒色だと思った。其れは額を肩に押し付け、甘えてきた。
ひゅーひゅーぅ、と、前を向いたタチバナは、特に何も考えずに口笛を鳴らした。

それからややあって。
遭遇……びゅん、と自分達を追い抜かす、影。

「…ん?」

異質なそれに、直ちに口笛を止めて目を凝らす。

それから、深い溜息。

ほんっと、俺ってば神様に嫌われている。エン以外の。
嗚呼、平穏が欲しい。
心からの平穏が欲しい。
あの、平和な日々に帰りたい。

嗚呼、神様………
俺、もうそろそろ何が常識で非常識なのか、なんて言うか、境目があやふやに蕩けてきました。

もう、現実を否定してもいいですか。拒否してもいいですか。
てゆーか叫んでいいっすか。


神様のバッキャロウ!!!


あ、エン以外のなっ!


心の中で泣いたタチバナの前。

獣人と、エルフの掃除係が立ち止まって………振り返り、見て居た。

「……タチバナっスね。」
「……タチバナですね。」
「…」
「…」
「殺っとくスか」
「ですね。」

ぐるる、と牙を剥く。
淡い蒼を放つ魔導書を開く。
自転車はUターン。



@@@



欲しい材料を廉価で買い揃える事が出来たスオウは頗る機嫌が良かった。
各々、欲しい物やら生活必需品を揃えた子分達も戻ってきた。じゃ、そろそろ船に戻るかと仲間達に伝え―――弟の名を呼んだ。

「ウツギー!戻るぞ、来い」
「おうよォーーー」

頭の後ろで手を組んで、西の或る町の姿を眺めていたウツギは振り返って返事をした。兄の物言いがいつもより柔らかく、あァ欲しかったの買えたんだとウツギは理解した。

「イイの買えたのかァーー?」

駆け寄り、兄の持つ紙袋を見下ろして訊ねる。ウツギはいつも、スオウが買い物をする時は店の外で待っている。なんでも、変に店の中の物を壊して弁償させられたりしたら面倒臭いから………と、スオウは言っているが、本当のところは脅迫紛いの値切りをしているからであった。因みにその事実を知らないのは、ウツギただ一人である。

「おぅ。良い値で買えた」

ニッと笑い、上機嫌のままに弟の頭をわさわさと荒っぽく撫でた。彼の機嫌が良いので、ウツギも何となく嬉しくなって微笑んだ。

よし帰るぞ―――と盗賊の頭が一同を見渡し、そう言った。筈だった。
それは、

「待つっスよごるあああああああああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああ来ーーーなーーーいーーーでーーー!!!」

という、凄まじい雑音で、かき消えた。

「………。」

盗賊一同は、声のした方を見た。
二ケツ自転車と、それを追うエルフを抱えた獅子獣人。

「あ」

盗賊一同は、一斉に目を見張った。
あの獣人と、エルフは。
忘れるものか……
先日、自分達をボッコボコにした、アイツ等。

「親分っ…!」

一同の視線がスオウに集まる。彼は、冷然と微笑んだ。
その間、エルフの放った弾丸魔法で自転車はパンクして、それに乗っていた者は慌てて其れを乗り捨てていた。

「…野郎共、やっちま「うるァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」…え?」

スオウは目を丸くした。いや、彼だけではない。その場に居た盗賊一同全員が、驚きに立ち尽くした。

ウツギが……普段、滅多にブチ切れないあの優しく、ちょっと頭の弱い彼が………羅刹の様な表情を浮かべ。
右手の絡繰り凶器を振り翳し、獣人とエルフへ壮と躍り掛かっていた。


金属の爪が唸る。

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あきゅろす。
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