獄焔CHaiN
三
軽快な足音を響かせてウツギは飛行船の中を走る。
軽く口ずさむ歌。兄の役にたてるのが嬉しい。
外へ開けた通路へ出ると、彼は電車の上へと飛び降りた。着陸。にぃと笑って金属と生身の拳を合わせた。
「あーーーお前らかァーー? ウチの子分らをよォ、メタメタにしてくれたのは」
鉄の爪で前方を指す。声をかけたそいつは――ハァ? と目を丸くした。
「え……おたくどちら様で?」
宇津木の視線の先にいるヘルメットの男は顔を顰めて首を傾げた。その横の朱い者が静かにウツギを見据えて居る。
「えぇー? あれっ? いやーオレはウツギっつーーーんだけどよォー、子分らがフルボッコになったからアニキにツブしてこい言われてさァ! ……あれェー?」
ウツギは目をぱちぱちさせて首を傾げた。
(これって、ひょっとして……チャンス?)
彼が不思議そうにしている一方で、状況を理解したタチバナは心の中でほくそ笑んだ。コイツなんか、アホっぽいわ。
「いやいやいや俺はお前らの子分さん達をボコボコにしてねーよ! むしろ逃げてきたのさ」
警戒するエンを片手で制しながら、タチバナはニコヤカに彼に近寄った。
「そーーなのかァー?」
「そーそー! いや実はねウツギさん、おたくらの子分さん達をボコボコにしたのはとんっっっでもない奴らなんだよねコレ〜」
「とんっっっでもないのかァー!?」
「そーなんだよとんっっっでもないんだよー。一人は三度の飯より殺戮が好きで毎日人肉喰ってる鬼みたいな奴でな」
「こッ怖ェエーーーー!!」
「もう一人は世界最悪の魔法使いで出会った奴はみーんな死ぬ以上にえげつなくってグロテスクな目に合わせる奴で」
「おっかねェエーーーー!!」
「最後の一人は化け物だ。とにもかくにも化け物なんだ。物凄く化け物で化け物化け物してやがる化け物なんだ」
「ばっ化け物だってェーー!!?」
ああ、よかった。こいつアホでよかった。
タチバナは内心ニヤニヤしながらそんな事を思った。すっかり騙されているウツギは、「ヤベェー勝てる気しねェエーー!」とおろおろしている。片方しか出ていない目にはうっすら涙までもが。
そんな彼の肩をぽんっと叩き、タチバナはニコッと笑った。
「……でも、大丈夫!」
グッ、と親指を出す。「へ?」とウツギはタチバナをそろそろと見上げた。
「アレ……大砲とか、打てる?」
突き出した親指で、そのままくいっと飛行船を指す。ウツギは大きく頷いた。
「大砲どころかよォー、ビームとかもできるぜェー! オレのアニキ超アタマ良くってさァ! なーーんでも造っちまうんだァ!」
これもアニキが造ったんだぜェーとウツギは機械の右手と尾を動かした。それから、ところでとタチバナを見る。
「そーだアンタよォーー名前何つーーんだァー?」
「タチバナだ。で、こいつがエン。……ところで本題に戻るが」
変わったエルフ族だなーとエンをしげしげと眺めていたウツギに言う。ビーム。そうかビームと言ったな。
「その、子分さんらをボコボコにしたアイツらをやっつけてぇんだな?」
「おうよォーー」
「……ビームだ」
「ほへ?」
「奴ら、まだお前に気付いてない。今の内に船に戻って、ビームで奴らごとドカーン! となっ」
「なるほどォ〜〜〜! お前アッタマいーーなー! アニキ並みにいいなーー!」
ウツギは目を輝かせた。それから、下を見やる。ボロボロになった仲間達がこそこそと船へ戻っているのが見えた。それからタチバナへ顔を向けると、にぃーと笑みを作った。
「ウン、ヤツらももどってきたしよォーー。ソレ、やっちまうかァーーー!」
「よっし!」
ヒッヒッヒッヒッヒッうまくいったうまくいったウヒャッホォウ! このままナチュラルにあの船のって色々こじつけて一気に西までドヒューーン! だぜーぃ俺アッタマいぃ〜〜〜い!!
と、タチバナは脳内でガッツポーズを取って。船へとウツギが踵を返したので、彼に続こうとして――凍り付いた。
「……へぇ〜そりゃー楽しそーな計画っスねぇーー」
ひょっこり、頭を出して。獣人のツルバミが、ぐるると牙を剥いていたのだ。
「ッ……づわァアアアアアアアアア!!」
悲鳴と共に、タチバナの無意識の本能が急に作動。光の速さでツルバミの顔面を蹴っ飛ばした。
「げふんっ」
獣人の頭はのけぞり、車内に落ちる。
「……おいよォーー今のって」
「そーゆーこと! 走るぞッ」
「おォ」
タチバナはウツギを引っ張るように走り出した。その横を、寸の間後ろを振り返ったエンが飛ぶ。
「……」
振り返ったその一瞬の顔は、険しい表情であった。
「い゙ーーーつつつつつ……」
蹴っ飛ばされた額をさすり、ツルバミは座席にうずくまっていた。トクサはやれやれと息を吐くと、早速彼に手を翳して回復魔法を使用する。
「どうせ残党だろう? ……あー、それにしても中々電車が動かないな。運転手殺されたのか? あぁ面倒そう。ここから次まで何キロあると」
ブツブツ文句を垂れるエルフの横、褐色肌の獣人は痛みが消えた額に手をあてがい歯噛みした。
「うぐーあのヘルメット野郎ぉ〜」
「ヘルメット野郎?」
トクサの長い耳がぴくんと跳ねる。近くで寝ているアサギのイビキが少し煩い。
「なーんかコソコソ聞こえるなーって思って覗いてみたらコレっスよ……あーもー」
「……ツルバミ。君が先程云ったヘルメット野郎とは――コイツの事か?」
言いながら、トクサはポケットから大雑把に畳まれた写真を撮りだしてツルバミの顔前で広げた。あっ、と獅子青年の目が見開かれる。
「コイツっ! そーそーコイツっス!」
「……。ツルバミ。なのな、コイツこそ、タチバナなんだが」
「えっ マジで」
「マジだ」
「……」
二人はだらしなく寝転がって眠りこけているアサギを見た。
それから、急いで起こしにかかる。
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