獄焔CHaiN

「……おはようございます、アサギさん」
「アサギさんおはようございます」
「うぃーーーおっはよーさーんトクサにツルバミ」
 ビキビキビキと青筋をおっ起てた仮面のバット男――アサギは、血塗れた凶器を肩に担いでエルフと獣人へと振り返った。
「ねぇコレ何? どーゆーことコレ何なの何? アサギさん寝てましたーぐっすりなのでしたーなのに何で起こされたの? どーして? アサギさん何もわるいことしてないよ!? ひどいよぉー! なーんーでぇーーー!!?」
 今度は泣きそうな顔で訴える。えぇと、とエルフ族のトクサが眼鏡を押し上げた。
「トレインジャックですね、アサギさん」
「とれ……とい……? あぁ、ボクは和式派かな」
「いやトイレじゃないっスよアサギさん」
 和式派の人なんだ、と獣人のツルバミは真顔で頷いたアサギに対し苦笑を浮かべる。そのまま「悪い人たちが電車を襲っているんスよ」と教えると、彼はきらんとした目で二人に問うた。
「悪い人?」
「はい」
「あー、悪い人は……ゴミ箱にポイしないといけないんだったったっかなかなかな?」
 ニタァとアサギの目が細くなる。トクサとツルバミは目を見合わせると、諦めたように彼を見た。
「「はい、その通りですねアサギさん」」
「イヤッホォオオオオオオ! 頑張る頑張るゥ〜ボク頑張るよォーーー!!」
 急に元気になったアサギは、凶バットを振り翳して隣の車両へと突撃していった。取り残されたトクサとツルバミは互いを見ると、トクサは面倒臭そうに、ツルバミは楽しそうに言ったのだった。
「ぃよーーーしっわっちも行くか!」
「行くか。はぁ、これ任務じゃないのに……」
 そして、早くも悲鳴を量産して行くアサギを追った。



「アヒャハハハハハヒャヒャハーーイ!!」
 バットが唸る。乗客だろうと、盗賊だろうと、お構い無し。
「ぐはぁ」
「ぎゃー」
 かっ飛ばしてぶっ飛ばす。老若男女関係無し。
「なっ、何だコイツぁああ!?」
 次々と蹂躙されて逝く仲間と乗客に冷や汗をかいた盗賊が、奇人へとマシンガンの銃弾を吐き散らした。だがそれは、淡い碧光のバリアに全てはたき落とされてしまう。
「こここいつ魔法使っ……!?」
「……僕ですけど」
 ぶすっと不機嫌なトクサが、淡い光を放つ分厚い魔導書を片手に携え呟いた。 その横を飛び抜けてツルバミが盗賊に飛びかかる。その姿は、彼本来の姿――人型の獅子へと変貌していた。
「がおぅ!!」
 露骨な吼え方をし、獅子は巨大な爪を轟と振るった。マシンガンごと盗賊を切り裂く。
「おい! 援軍だッ援軍呼んでこぉいッ」
 長刀を構えた盗賊が怒鳴る。応と返事をする声に、布陣する彼ら。
「いぃいいい逝ィーーーーくぞゥううーーー!!」
 アサギが真っ正面から駆けた。応えるように盗賊側の魔法使いが発射した毒障気魔法を、トクサが空間歪曲魔法でねじ曲げて仲間のルートを安全地帯にする。
 奇人は速度を一切緩めぬまま踏み込むや、振り下ろされた長刀を蹴りで払いのけ、直後に喰らいつこうとしてきた鰐獣人の大口に有刺鉄線と五寸釘のバットをねじ込んだ。
 寸の間遅れてやってきたツルバミは再び長刀を振るおうとした盗賊を思い切り殴りつけると、咆哮を上げて回復魔法を使おうとした魔法使いに喰らいつく。牙で引き裂く。
「なんっ、なななんなんだてめーらぁああ!!」
 先程に毒魔法を使った魔法使いが泣きっ面で逃げ出した。だが、トクサの放った光矢魔法でばったりと倒れてしまう。
「う、ぅ……」
 魔法使いは恐怖や痛みなどで震える手で携帯電話をとりだした。着信履歴の中から『親分』を素早く選ぶと、通話ボタンを押す。
 だが。
「110番? 119番?」
 そんな事を笑顔で訊いたアサギに、サッカーボールよろしくインステップキックを顔面にぶち込まれて哀れにもぶっ飛んで逝った。
「こんなもん? おしまい? かな?」
 ぶんぶんと凶器を振り回して血糊を払うアサギが振り返った。ですね、とトクサが魔導書を閉じ、おつかれっス、とツルバミが獣化を解除する。
「あー! やっと静かなった! よし寝ようそうしようそれに決ぃーめたーー!!」
 ぐーっと伸びをしたアサギは気絶している乗客を蹴っ飛ばして座席にごろんと横になった。連れの二人も、空いている所にやれやれと腰掛ける。
「それにしても」
 ふと、ツルバミが呟く。
「タチバナってのが西に向かったーって本当なんスかねー」
「我等が組織の情報網は世界一だ。……直に奴と遭遇するさ」
 ぱらりぱらりと魔導書を捲るトクサがそう答え、それもそーっスねーっと笑ったツルバミが彼にもたれかかった。鬣のような髪が長い耳にもふもふと不快だったらしく、エルフは顔をぶぶんと振ってそれを振り払った。





 一方、タチバナは――
「うっわ……終わった……マジで終わった……あぁぁ……人生オワタ……」
 地面にうつ伏せグッタリ状態でしくしくと涙ぐんでいた。エンが心配そうな顔でハラハラしている。
 タチバナは窓越しにコッソリ見てしまったのだ。車両内で暴れるあの三人――奇人とエルフと獣人を。
 そして後悔と絶望をした。あれは、あれは。
「ウチの組織の『掃除係』じゃねぇかあぁぁぁぁ」
 掃除係――タチバナ達の組織において、任務をこなせなかった駄目な『ゴミ』をこの世から『掃除』してしまう者の事である。
 つまり、タチバナは『神龍の宝玉を入手する事』という任務を失敗したと見なされたらしい。彼等に見つかれば惨殺必至。そしてここは山の中、止まった電車。
(今、逃げる……? だが下手に動いて見つかったら? でも……)
「……、」
 不意に、震えるタチバナをエンがぎゅうと抱き締めた。どうにかして彼を安心させたかったらしい。タチバナはハッと我に返り、抱かれるがままになりながら――エンの肩越しの或る物に、目に止まった。
「……アレだ」
 我ながら天才、と笑みが自然と零れる。きょとんとしたエンが彼から離れ、タチバナと同じ方へと顔を向けた。
 そこには、巨大な髑髏が描かれた飛行船があった。


 その、飛行船の中では――
「……――」
 操縦室。手にあるは何も音がしないケータイの画面、『通話中』。
「……チ。あの阿呆共め」
 舌打ちと共に煙草の白煙を吐き出し、振り返る盗賊のリーダー。鋭い眼光を、後ろに居た者に向けた。
「ウツギ」
「なに、兄貴」
 返事をしたのは彼より一回り年下の男。頭頂で結ばれた、リーダーと同じ色の茶髪が揺れる。その全身は包帯まみれで、僅か左目と口が見えているだけである。
「……行ってこい」
 盗賊のリーダー――スオウは、弟にそう言った。ウツギは元気よくニッと笑い、
「任せろよォーーーー」
 先端が連なった矢尻の様になっている機械仕掛けの尾を揺らした。しゃり、と鳴らす右手も金属製。改造人間であるウツギは意気揚々と走り出した。

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あきゅろす。
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