獄焔CHaiN


 時は、少し遡る。

「――クソ、奴等め何処へ行きやがった!」
 ツバキは、すっかり日が昇りきった東の都を駆けていた。
 式之術が使えない。放った式が悉く『喰われて』いるのだ――この、地獄から呼び出された大量の餓鬼共によって!
 涎を垂らして物陰から這い出て来た子鬼の首を、刀で刎ねる。獄焔憤怒明王め。あの時、呼び出したのは煉獄蛮鬼だけではなかったのか、畜生め。
 壁を駆け、ビルディングの壁を這うパイプを逆登って餓鬼達をやりすごす。
 それにしても、一体どれだけ召還されたんだ。先程から何十体も葬っているが、殺しても殺しても沸いて出てくる。
 駆ける眼下、町は騒乱。餓鬼に無惨にも食い千切られる通行人、弾丸魔法で餓鬼と戦っている魔法使いや、猛々しく斧を振るう者、等々。
 おのれ。ツバキは静かに怒りを燃やす。
(俺以外の者を巻き込むとは――許さん!)
 彼にも彼なりの矜持や主義がある。歯噛みした。口元を歪める。
 一刻も早く、奴等を仕留めねば。
 周囲を見渡した。何処だ。何処にいる。
 視界、そんな中。眼下のとある所に違和感を感じる景色。
「……?」
 何だあれは。
 電車の上に――人が、二人?
「!」
 ツバキは目を見開いた。
(彼奴等………!)
 それは間違いなく、タチバナとエン。
 おのれ。我知らず呟いた。この自分からは逃げられない事を、命を以て知るがいい。
「忍法・式之術ッ!!」
 印を結ぶ。ぼん、と蝙蝠の様な翼を持った黒い蛇が現れ――ツバキの背中に巻き付いた。
 漆黒の翼が大気を叩く。忍者は地を蹴って宙へ飛び出した。矢の様な速さを誇るそれは、真っ直ぐ真っ直ぐ西へと向かう電車を目指し。

 そして時計は『今』へ。

「ツっ……ツツツバキ……さんっ!?」
 タチバナは我が目を疑った。忍者が。忍者が飛んでいる!
「覚悟ォ!」
 ツバキが裂帛の気合いと共に刀を振り下ろした。
 だが、鋭い金属音と共にその一撃は阻まれてしまう。エンが手にした七支刀の所為。そのまま明王は憤怒の咆哮をあげて敵刃を押し返した。
 轟と怒りを孕んで大気が震える。ツバキは宙で一回転して暴力的に押された威力を殺し減らした。
「行けぇエン!!」
 大きな黒い翼の忍者を指さし、タチバナは叫んだ。元応援団、応援なら任せてくれ。
 それに応えるように、エンが跳躍する。振り払う切っ先はツバキの刃に受け止められる。続け様に繰り出された彼の蹴りを、明王は金色の額当てで頭突きの様に真っ向から跳ね返した。
 一瞬、崩れるツバキのバランス。その隙を見逃さず、エンは彼の頭をひっ掴むと鳩尾に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「ッ――!!」
 ゴプッ、と胃液が人間の口の隙間から吹き出だす。だがツバキは怯む事なく手裏剣を投げつけた。至近距離から放たれたそれらは、エンの肩と脇腹、庇い手をした腕に突き刺さる。
「忍法・爆之術!!」
 叫ぶ。その声に呼応して、エンの身体に刺さった手裏剣が爆ぜた。
「!」
 飛び下がり、エンはタチバナの横に着地した。ぼたぼたぼたと真っ赤な色が垂れる。それを見たタチバナの顔は対照的に蒼くなった。
 エン、と心配気な声を発するタチバナ。それに振り返った明王の顔は、大丈夫だと言わんばかりの穏やかな顔だった。
「オオオオオオオオォ!!!」
 明王が吼え、ツバキへ跳躍する。
 迎え撃つ忍は、静かに刀を、その切っ先を明王へ向けた。
「秘術――紅蓮天砲之術!!」
 真っ赤に滾る光が刀に奔る。瞬間、巨大な紅蓮の閃光が一直線に、爆ぜた。唸りを上げて。
 怨。明王の唸り。それもツバキと同じ様に七支刀を向ける。稲妻の様な膨大な光の束が迸った。
 ぶつかり合うは巨大な力。搗ち合った破壊と破壊は――凄まじい大爆発を、引き起こす。
「うおぁああああああ!?」
 びりびりびりと大気が震えて、鼓膜が痛い。
 タチバナの方へはあまり爆風が来なかった。
 それはエンの放った光がツバキの術に勝っており、その技を押し返すように弾けさせた為。
「っ……畜生め」
 硝煙の中、式が消滅したボロボロのツバキは霞む意識の中でそう呟いたが――聞こえる者など、最早。
 猛スピードの電車は、あっというまに墜落して行くツバキを置いていった。
 エンはそれを見届けると、七支刀を炎として霧散させた。
「ッ……エンんっ!!」
 よくやった、と飛びつこうとしてタチバナは風圧に転びそうになった。そんな彼を咄嗟に受け止め、明王は彼を見る。じっと。
「よかったぁ……心配したぞ」
 心底ほっとした顔で、タチバナは微笑んだ。嬉しいのだろうか、エンも綺麗に微笑んだ。

 電車は西へと、線路は彼方まで続く。


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