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兄さん





僕は誰からも愛されるべき崇高な存在を演じ続ける!


そう決心したのに、今になって僕の鉄壁がたった一人の男によって崩壊されつつ有る。



盛大な溜息をついて池の鯉を見下ろしていると、フワッ…と優しい温もりが体を包んだ。

振り返ると兄が僕の肩に上着をかけてくれたようだ。


「日も暮れて気温も下がってきた。鯉の餌やりも良いけどこんな所に長時間いたら風邪をひいてしまいますよ?」

「兄さん」

「莉央が風邪をひいたら私が心配で眠れない」

「大袈裟だなぁ」
僕は兄さんの言葉にクスクスと笑った。

「嘘じゃないさ、本当に私は莉央が大切なんだ」

兄は僕の腰にさり気なく腕をまわし、屋内へとエスコートする。


母屋へと歩みを進めながら兄が僕の顔を覗き込んだ。


「莉央、深いため息をついていたようだけど何か悩みでも?」

「見ていたのですか…、たいした事では無いので大丈夫ですよ」

僕の性格の悪さが他人にバレた!って言うか、自ら暴露してしまった!どうしよう!…なんて、そんな事お兄様には口が裂けても言えません!


僕は兄に向って綺麗に微笑んで、誤魔化した。


だが、兄は黙って僕の顔を見ている…。

「莉央」

「はっ、はいっ!」

思わず声が裏返ってしまった。


「今夜、私の部屋へ来なさい」

「兄さんの部屋へ?」

「莉央が何に悩んでいるのか無理には聞かない。だが、久々に兄弟水入らずの時間を過ごさないか?」

…これも、兄の優しさ。
子供のころ、いつものように僕だけ母に叱られて泣いていた所、兄は何も言わずにただ、ずっと隣にいてくれた。


僕は少し照れくさかったけど、ゆっくりと首を縦に振った。






母屋に戻ると家の中は静まり返っていた。

「皆さんは?」

僕が兄に訪ねると、兄は時計を見た。

「あぁ…、もうこんな時間か、両祖父母含め皆、懇親会と定例会の為、京都に出かけたよ」

「定例会…、もうそんな時期だったんですね」

月に一度、他家や分家などが集まる定例会が有り今月は京都で行われる様だ。

いつも両親達は定例会の際、2〜3泊程家を空ける。
高校生である僕はいつも御留守番なのだが大学生になった兄は、通常ならば参加義務があるはずなのだが…

「兄さんは今回、参加しなかったのですか?」

「莉央をこの広い屋敷に一人残してはおけない。…と、いうのが本音だが、今回は大学の小論文に力をいれたいと理由をつけて断わったよ。祖母も勉学の為なら致し方ないと言って了承してくれた」

「兄さんは心配症すぎですよ。僕はもう子供じゃないから一人で留守番できます」

「私が残りたいと思ったのだ。…莉央、2〜3日は二人きりだね」

「この広い屋敷で二人と言うのも寂しいものですね」

僕は兄に微笑むと、兄の顔から笑みが消えて…

「私がいるのだから莉央に寂しい思いはさせないさ。それとも莉央は私がそばにいるだけじゃ不満か?」

真顔で問い詰められた。

「い、いえ。兄さんがいてくれたら凄く心強いよ、ありがとう!」


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