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そんな負の感情が芽生えだしたある時、僕はまた泥だらけになって家へ帰ってきた。


いつも通り母に叱られたけど、これも母の愛情だと感じて、母の言う通り風呂に入って汚れを落とした。

風呂から出て廊下を歩いている時に、和室から母と祖母が二人で話している声が聞こえた。

何気なく通り過ぎようとした時、僕の名前を聞いた。


…僕の話?


自然と、ふすま越しに足が止まり、戸を隔てた先の話し声に耳を傾けてしまう。


「真央さんと違って莉央さんは粗暴で落ち着きが無いわね、貴方はいったいどういう躾をしているの?…貴方、天宮家の伝統を御存じ?貴方も天宮家の一員なんだから自覚を持ちなさい」

祖母の声だった。

どうやら、姑である祖母に母が説教をされているようだった。

天宮家…伝統ある和風一家で有る事は子供の僕でも理解出来た。

そこに嫁いできた母の苦労までは子供の僕に察する事は出来なかったが…。


そして僕は次の会話にショックをうける。



「天宮家に男児二人も必要ないのよ」

祖母の声に耳を疑った。

…どういう事?

僕はいらない子供だったのか…?


「本来なら第二子が男子の場合、養子に出していた所ですが、貴方が掟を破ってまでも自分の手で育てたいと悲願したんですよ。男児ですが奇しくも、あれだけ美しい容姿をもって産まれたから天宮家で育てているだけの事。莉央さんが男児でも、乙女の様に愛らしく産まれてくれたから産み分けも出来ない貴方の様な嫁をおいているのですよ?御自分の立場をご存知?」

低い声で告げる祖母と、すすり泣く母の声が聞こえる。

「それなのに貴方、莉央さんったら下品に育って…、毎日汚れて帰ってくるではありませんか?…いいですか?天宮家において第二子は女児で有るべきなんですよ!私も先代も、そのまた先代も天宮家はずっとその様にしてきているのです。女児が産めなかったにも関わらず、第二子が粗暴に育ったのも全て貴方の責任なのよ」

「…も…、申し訳ございません」

嗚咽しながらも祖母に謝る母の声を聞いて、僕はその場で自分の心臓部分の服を握った。

自然と涙が頬を伝う。

暫しの間、その場に立ちつくしたが、僕はもう話を聞き続ける事が苦しくなって廊下を去って自室へと戻った。


天宮家の歴史。


そんな事、子供の僕には解らなかったけど、僕が男に産まれから母に迷惑をかけた。

僕が本来、産まれてきてはダメな存在だから父も母も隠れてしか僕を可愛がる事が出来ないんだ。


祖母曰く、僕が美しく産まれたから、ただ、それだけの理由で僕は養子に出される事なくココにいる。

天宮家の歪んだ歴史では伝統的に長男を産んだ後は次に男子を産んではいけないとの事。

もしも次に産まれるのが男児の場合は養子に出して無かった事にし、次に女子が産まれるまで、その悪習を繰り返すのだと言っていた。

先代も心を引き割かれる思いで父の次に産まれた子を手放したのだと言う…、そして産まれた女子は決められた相手と結ばされる。

つまり、身売りの様に富豪に娘を嫁がせて財を築き上げてきたのだという…。

跡継ぎの長男さえ産まれてしまえば、もう男子は無用。次は女子を産まなくてはいけない。

そして後継者争いになるから男子は一人で、天宮家の伝統では一家に男児二人は色々な面でご法度。

しかし母は僕を産んだ後、子宮の病を患い、女子を産もうにも…、もう子供が産めない体らしい。

天宮家において利益を生み出す女子を産めないどころか、本来災いの元とされている第二子の男児までもを同じ家に置いている母は肩身の狭い思いをしている。

僕は、裏で苦しんでいる母の苦労を知らず今まで好き勝手に振る舞ってきた。


僕が女の子なら母は泣かずに済んだのに…。



だから僕は決めたんだ!!



男子だけど、女よりも美しく、本来産まれるべきだった女児よりも女らしく上品で優しく、愛らしく万人に好かれる人間になろうと・・・。

母が僕を産んだ事に対して誇れ、祖母にも認めてもらえる存在にならなくてはいけない。


その日から僕は、外に出れば人に愛想をふりまき、仕草も雅やかな動きを意識し、様々な努力をした。

もって産まれた美しい容姿加えて、性格、気品、行動までも綺麗に振る舞う僕はいつしか他人を含め家族からも一目置かれる存在になっていた。

それが幸いしてか、皮肉にも祖母は母に対して酷い言葉をかけなくなっている様だった。

それどころか祖母は心身ともに美しい僕を見て褒め称える。

第二子の僕が災いの男だと、あれ程までに母を責めていた祖母が僕の美しさに屈服した。

母も、心身ともに美しく育つ僕を見て幸せそうだった。


…これで良い。


本当は嫌だったけど…、母にすすめられた、この女みたいに長い変な髪型も今では慣れてしまった。母がもっとロングヘアにしろと言うなら、僕は喜んでそうするだろう。


僕は人の望む通りに行動すれば良い。
そう、思い込む事にしていた。

他人は見た目だけで僕を愛す。
実に馬鹿馬鹿しい。だが、他人の評判や評価があってこその僕だ。

そういう馬鹿な連中が崇める僕を子・孫に持つ家族は誇れるというもの。

掟を破っても天宮家においておくべき存在となるのだ。


己を偽る事での精神的負担は…ある。

ストレスが溜まるに決まっている。

言いたい事も言えない、本当は大声を出したり走り回ったり、同世代の子と一緒にサッカーや野球だってしたい時期もあったけど、僕が我慢して、自分を殺す事によって家族が円満にいくのなら……、被りつづけてやるさ、この善人の皮を。



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あきゅろす。
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