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捧げもの

 月満ちた夜、私は一人家で留守番をしていた。

「退屈……。」

 卓にうつ伏し、私は両親が隣町まで泊りがけで買出しに行くので、大人しく留守番をしていたのだが、暇すぎてどうする事も出来なかった。
 寝るにしても早すぎるし、いつもやる事は早々に終えてしまった。

「かといって、私の家に本はないしね……。」

 どうやって時間を潰すか考えていると、カツン、カツンと窓ガラスを叩く音が聞こえた。
 私は目を凝らしてみるとスッと人の顔が見えた。

「ひっ!」

 思わず悲鳴をあげそうになった私だったが、よくよく見るとその人の顔は私がよくよく知る人物の顔をしていた。

「あ、貴方……何で…。」

 驚きながら窓を開けると彼は呑気な顔をしていた。

「よっ。」

 片手をあげ、何でもないような顔をするこいつに私はムカつく。

「何でこんな夜に来るのよ。」
「この前お前の親父さんに呼ばれた時に言われたんだよ。」
「何をよ。」
「お前を一人にさせるからだから、ボディーガードをして欲しいってな。」

 余計な事を、と思わず心の中で私は呟いた。

「私は一人で十分だから、帰ってもいいわよ。」
「んな訳にもいかねぇよ。」
「何でよ。」
「親父さんに頼まれたし、お前のお袋さんにも頼まれたんだからな。」
「……。」

 私は何で自分の両親は余計な事をするのだと毒づく。

「平気なのに。」
「まあ、ここは比較的治安はいいけど、それでも、娘一人を残しては行きたくはなかったんだろう?」
「……。」

 親心を考えれば当然と言えば当然なのだが、よりによって何でこいつなのだと思った。

「まあ、来たんなら仕方ないわね。」

 諦めは肝心だと思い、私は肩を竦める。

「お茶くらいは出すから入ってきたら?」
「ああ。」

 そういうと彼はひょいっと窓から中に入り込んできた。
 思わず私は唖然となった。

「何でそんな所から入るのよ、普通はドアから入るでしょうがっ!」
「こっちの方が近いからな。」
「常識がないっ!」
「はいはい。」

 私の小言を聞き流し彼は勝手に椅子に座る。

「もう……。」

 私は諦め、台所に向かう。
 一人で留守番するのには慣れてはいたが、それでも、一人でいる事にたまに寂しさを感じていたので、正直に言えば両親の気遣いは嬉しかった。
 しかし、何でよりによって彼なのかと少しイラつく。
 そうこう考えながらいつの間にか、私はお茶の準備を終えていた。

「いつの間に……。」

 自分の行動に驚きながらも、私は自分を待つ彼の元にお盆を抱える。

「お待たせ。」
「いや、そんなに待ってない。」

 本音なのかそれとも社交辞令なのか分からなかったが、それでも、私は慣れた動作で彼の前にお茶を置く。

「まあ、口に合うか分からないけど、どうぞ。」
「サンキュウな。」

 彼はカップに口をつけた。

「……美味いな。」

 意外そうな顔をしたものだから、私は唇を尖らせる。

「何よ、お茶も淹れられない女だと思ったわけ?」
「いや、そうじゃないが……。」

 目が泳いでいるので彼が嘘を吐いているのが一目瞭然だった。

「嘘が下手。」
「……。」

 黙り込む彼に私は溜息を零す。

「まあ、いいけど。」

 私は椅子に腰かけ、自分用のお茶をすする。
 香りをうまく引き出し、渋みもなく自分でも美味しく淹れられたと思った。

「で、いつまでいるの?」
「まあ、明日の親父さんたちが帰るまではいるつもりだ。」
「ふーん、どこで寝るの?」
「寝ないさ。」

 彼の言葉に私は驚いて固まる。

「何で?」
「そりゃ、ボディーガードなのに寝たら意味がねぇじゃねぇか。」
「……。」

 確かにそうだが、それでも、彼が寝ずに護っているのに、自分だけぐーすか寝るのは気が引けた。

「お前は俺なんか気にせずに寝ろよ。」
「……。」

 彼の言葉に私は溜息を零す。
 何を言っても彼は決して寝ないのだから、私だって寝る気はない、つまりは時間を潰せる事をやるしかないのだ。

「ねぇ。」
「何だ?」
「貴方の話を聞かせてよ。」
「はぁ?」

 怪訝な顔をする彼に私は笑みを浮かべる。

「貴方が見てきた世界、お話、景色、何でもいいの私に聞かせて。」

 私が時間を潰す為に選んだのは彼とのお喋りだった。

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