捧げもの
『海辺の乙女』
海のよく見える街。
貿易港である街でもあり、活気づく明るく、そして、暖かいこの地。
そして、私はこの地で産まれ、育った。
この土地からいなくなるなんて考えた事もない。
だから、そんな私とは正反対な貴方を気にするようになるのは必然だったのかもしれない。
私の家はこの街では小さめのアクセサリーなどを売って商いをしていた。
私も小さいころからアクセサリーを作る母とそれを売る父を見てきた。だから、漠然と私もこの地で一生を終えるのだと、ここが私の棺桶なのだと分かっていた。
数年前の、あの日、貴方の手を振りほどいた私は、私を失いたくなかった。
今思い出しても、その時の選択は今も後悔はしていない。
だけど、ふっとした時、胸が痛むのはどうしてなのだろうか…。
本当は行きたかったの?
ううん、それはない、だって、この地から離れるのならば、私は水にあげられた魚と同じで、死んでしまいそう。
だから、この胸の痛みは気の所為だと……そう信じている。
***
彼と出会ったのは私が十四の時だった。
彼はどこから来たのか分からない旅人だった、路銀が少なくそれを稼ぐためにこの街にたどり着いた。
私はそんな彼が嫌いだった。
いつかいなくなる存在。
それなのに、彼は私にちょっかいを出してくる。
毎日、毎日私が袖にしても彼はめげる事もなく私に近寄ってくる。
私は貴方を嫌うふりをした、ずっと、ずっと、そっけなかった私は可愛いとはお世辞にも言えないのに、彼は何故かそんな私を「好き」だと、「可愛い」と言い続けた。
私は知っていたのに、彼はいつかこの地を離れる人。
だって、あの人の手は豆が出来ていた。
斧で薪を割るとは違う、豆、昔、戦場に出たと言っていたおじいちゃんと同じ手をしていた。
おじいちゃんは悲しい顔でこの手の豆は人をたくさん傷つけた罰なのだと言った。
幼い私には分かるはずもなかった、だけど、今なら分かる。
あの豆は剣を握る人が出来る豆。
嘘は言わないで欲しい。
いつか、彼の口から洩れる言葉が怖い、それならいっその事何も言わないで欲しいよ。
もうすでに遅かったのね。
私の中で咲いた恋心。
遅かった、ううん、違う。
初めて会った時からーー。
あの瞳を見つめた瞬間からーー。
すでに私は貴方に恋していた。
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