▼既視感
長い夢を見た。
明かりの落ちた公園の白い噴水の前で、誰かと話をしている夢だ。
錆びた街灯にぼんやりと浮かび上がった二つの影。
葉擦れの音、弱々しく噴き上がる水流。
色彩も音も鮮明だった。
なのに相手の姿だけがまるで水中でものを見たようにぼやけている。
…よくある話だと言えばそれまでだが、
瞳も鼻も口も滲んでしまって「誰」なのか認識できない。
あれだけ鮮やかな夢だというのに不自然すぎる。
「忘れて下さいね」
一体何を?
どうしてそんなに泣きそうな声をしている?
おまえは誰だ。
問いを投げたところで目が醒めた。…これもまたよくある話なのか。
たとえ夢の出来事とは言えど、僕に依頼をするならば相応の態度が必要だ。
あいにく姿も名前も分からない相手の頼みなど聞き入れるつもりはない。
だから、あの相手が夢の中できちんと正体を名乗ってくるまでは
礼儀知らずで曖昧でどこか懐かしい輪郭を忘れずにいる。
誓っても構わないさ。
5年後になろうと10年後になろうと。
僕は忘れはしない。
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