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意味のないことだと知っていても



「きみたちとかかわった記憶をすべて消せたらいいのに」

珍しく彼が自分の人生を否定するようなことを言った。傍らで本を読んでいた骸は栞を挟むと分厚いそれを雲雀の座るソファの空きスペースへと投げ込んだ。本は雲雀にぶつかることもなく、骸の予測どおりソファに落ちた。ぼすん、とソファがゆれる。

「おや、今度はなんですか」

いつもの嫌味だろうか。それにしては覇気のない声だった。彼らしくない。興味から顔を眺めると、黒の瞳に普段の輝きはなく、そのままみつめていれば暗い穴にひきこまれてしまいそうだった。

「もし、やり直せるなら、と。馬鹿なことを考えた」

自嘲交じりの声は「そんなこと考えたってどうしようもないことは知っている」と語っていた。やり直せるなら?何を。今まで歩んできた道を?巡る前に?本当にやり直すことができるなら、骸は思う。きっと雲雀に同意するだろうと。すべて、それこそ鎮魂歌の雨がすべてを洗い流し、過去さえもやりなおせるのだとしたら、それはなんて幸せなことだろう。あの優しい首領はきっとマフィアなんかにはならずに、平凡で幸福な道を選ぶだろう。目の前いるこの人はひとりきりの道を貫くのかもしれない。自分は?骸は逡巡する。自分はそれでも、きっと千種や犬やクロームと出会うのだろう。

「今まで築き上げてきたものの中に、幸せも強さもあるでしょう」

たとえ失ったものが多くとも。手にしたものだって少なくない。襲い掛かる暗闇は重くとも。押しのける力だって、きっと存在するのだから。たとえばもう、守護者がまもるべきひとがいない今だって。幸せと可能性は消えることなどないはずだ。

「だから僕は、今ここにいることを悔やんだりしません」





(骸と雲雀。もしも、なんて考えても仕方のないことは知っていた)




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