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15年目の告白
 雨が降っていた。
 勉強疲れを少しでも癒そうと、部屋の窓を開けたのに。まったく気が滅入ってしまう。もうこうなると勉強なんてどうでもよくなってしまうのだ。
 勉強がしたい。ふとそう思って私は短大を卒業してから十年間働き続けた会社を辞めた。そして今は実家にこもって大学に入るために受験勉強を続けている。三十歳にしての大学受験。当然親や友人が反対するかと思った。しかし、反応は至って微妙なものだった。なんか作り話を聞いてるような感じで私の言うことに相槌をうった。もうこうなったら意地で勉強するしかない。会社まで辞めたのだ。大学に受からなきゃ本当に作り話で終わってしまう。
 私は窓を閉める。サッシの滴で私の指は濡れていた。
「こんにちは」
 一人の女の子が私のベッドに座っていた。
「どっちかって言うと今はこんばんはだな」
 私は彼女にそう返す。
「もう朝の四時近いよ?」
「じゃあもうおはようございます、か」
「そうだね」
「そうだよ」
 私はそう言って笑った。
 彼女の名前は笹倉ありす。小さな体に髪の毛を二つのわけたツイン・テール。一見すると中学生ぐらいの女の子にしか見えない。しかし彼女は私の幼なじみでなおかつ同級生なのである。
「ゆうちゃん無理はよくないよ。くまができてる」
 そう言ったありすに私はがおーと熊の真似をしてみせる。
 ちなみにゆうちゃんと言うのは私のこと。私の名前の朝霧ゆうほのゆうをとってゆうちゃん。この呼称で私は学生時代を過ごしてきたのだ。
「そんなこと言っても試験は待っちゃくれないさ」
「大丈夫だよ。ゆうちゃんがんばりやさんだもの」
「がんばりやさんっていうだけで大学に入れればいいんだけどねえ」
「そうだねえ。あたしが大学の偉い人だったらゆうちゃんは合格にしてあげるんだけどな」
「それはコネクションって言うんじゃない?」
「そうだね」
「そうだよ」
 そういって私たちは二人で笑いあった。
「私はそんながんばりやさんなゆうちゃん好きだよ」
「ありがと」
「どういたしまして」
 そう言ってありすは笑った。ありすの右頬には控えめに小さなえくぼが浮かんでいた。

 時計は朝の六時を指していた。
「ねえ、ありす?」
 私が呼びかけても返事はなかった。
「そうか。行っちゃったか」
 十五年ぶりだったんだけどな。
 笹倉ありすが死んだのは今から十五年前だ。もともと体が弱く、ありすは学校を休みがちだった。そんなありすと私が最後に顔を会わせたのは中学三年の秋のことだ。病室でガラス越しでお互いに手を振っただけだったけど。
 なんでありすが天国から私のところに来たのかはわからない。十五年ぶりだというのに私たちは久しぶりの一言も言わなかった。
 私はさっきまでのことを思い出す。
 ありすは私のことを好きだといってくれた。私にはそのことばが何事にも代え難いほど嬉しかった。
 私は再び窓を開ける。雨はもうやんでいた。
 私は空に向かって呟く。
「ありす。私もずっとずっと好きだったんだよ」
 十五年ずっと胸にしまい込んでいた言葉を私は声に出した。
 そして私は窓を閉める。涙の滴で私の指は濡れていた。
 (了)

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