9.ストレングス・ワールド 流血と混乱と彼の意志
…八年前の出来事以来、教会を見ると忌々しい気分になる…。
妹の心を恐怖で傷付けた、その舞台を。
だが、それが今はいい。
このドス黒い感情が、今の激しい怒りに更に火を注いで、目の前の敵を打ち砕く力になるだろう。
埃やゴミが積もり、薄い灰色に汚れている木製オルガン、腰掛け、十字架、像、神父の立つ場所。
僅かな日没の光と濃い暗闇が交差している。
その中を死闘を繰り拡げる二人の男。
「…貴様ッ、スタンドを、出さないのかッ。スタンド使いだろう?」
そう言いながら、刃で切りつけ、同時に蹴りつけるリゾット。
この疲労困憊の状態でも瓦を砕く威力が衰えないそれを、プロシュートは木製の腰掛けの片側を踏みつけ立たせて防ぐ。
「テメェごときに見せるまでのもんじゃねえからな!!」
その腰掛けを両手で掴み円心状に振り回しながら殴り付ける。
すでに腐ってるそれは壊れるのもたやすく、避けられて空ぶりしたそれは壁に叩きつけられると、バキバキと音をたて木片となり飛び散っていく。
それと共に飛び掛かると、リゾットの脇腹を蹴りつけながら右膝を顔に強打する。
「テメェも出してねぇじゃねえか!なんだ?見られたら恥ずかしいのか?
テメェの今の様子をみるに、近距離パワーじゃなさそうだがな!」
足元の砕かれた木片を蹴り上げると、リゾットの腹を木片で殴りつけ、膝打ちを腹に食い込ませながら、攻撃を避けて、また距離を取る。
「テメェもお優しいじゃねぇか!!ナイフに毒も塗らないでよ!!
それとも塗る暇でもなかったのか!ああッ!?」
その言葉に何も答えないリゾット。
プロシュートは何か引っ掛かりを感じた。
その目は、時々目の前の自分との戦闘とは別の事を考えているように見えたからだ。
だが、それを見逃してやる程、彼はお人好しでもボンクラでもなかった。
(…今だ……!!)
首を僅かにずらしてナイフを避ける。
頬にうっすら切傷がつく。
同時に、プロシュートは常に着けてるネックレスを首から外すと、すれ違い様にその紐をリゾットの首に引っ掻けて、渾身の力で強く引っ張った。
「…………ぐっ!!」
カランと音を立てて床に落ちるナイフ。
スタンドパワーも体力も限界に近いゆえに、先ほど地面の鉄分から作ったナイフはボロボロとその姿を崩し、形をなくしてしまった。
(ん?消えやがった?……さっきからどこから出してるかと思ったが)
それにプロシュートは目を光らせる。
先ほど銃を奪われた事と、外の死体の幾つかから流れる血の色が黄色かった事を頭に浮かべた。
リゾットは食い込む紐に、息を切らせながら外そうとするが、プロシュートは外見の細さから想像もつかない程の強い力をしていて、とても外せなかった。
首を絞めていたプロシュートは静かに怒気を含んだ声で囁きながら、リゾットに振り返る。
「オレはな………お前を許さねぇ……」
ギリギリ食い込む紐。
「辛いか?苦しいか?
まぁアイツは、もっと苦しかったがな!!」
切らせないように、更に強く引っ張った。
「終わりだクソ野郎」
プロシュートの腕とスタンドのビジョンが重なり、直触りをしようと手を伸ばすその時。
リゾットの静かな声が響いた。
「いい…や、終わりは、貴様…の方だっ。
もう、完成する………」
射程距離。
人体の鉄分を操るのに充分な時間。
「ぐっ………ぐぉおあああっ!!」
突如現れる焼けつくような痛み。
その瞬間に、腹に肘打ちをくらわせ、そこでゆるんだ紐を引きちぎりながら、リゾットは脱出し距離をとる。
プロシュートの首を蠢く異物。
肉の中をジャキジャキと、肉体では発しない音がする。
それがだんだんと大きさを増す。
とっさに触れたそれに驚きが隠せない。
首の中を、突如現れた…鋏が形なそうとしていた。
「……テメェ…………、クソ……ッ、クソッタレ、なんて野郎だ…」
喉の奥から沸き上がる血で掠れた声でも悪態をつきながら睨み付ける。
それにリゾットは何も反応しない。
「だから…早く、貴様の、スタンドを出せばよかったんだ…。
敗因は…、それだ。
貴様は負けた。
ただ黙って、そのまま……死んでいけ」
止めをさすべく、指をプロシュートへ向け、メタリカの力を発動させ、鋏をゆっくり広げさせる。
「そうは…、いかねぇな…ッ」
その瞬間、プロシュートは側にあった燭台を手に取り、蝋燭を引き抜いた。
そして錆びた金属の蝋燭をさしていた尖った部分を目にすると、ニヤッと笑みをこぼしながら燭台の先端を勢いよく突き立てた。
首に刺さるあまりにも鋭すぎる刃。血が更に流れ、脂汗も流れていく。
青ざめた顔で俯きながら、燭台を握った手を離さない。
グリグリと尚、強く突き刺しながら、声を絞り出す。
「グッ………それで…………!!
こんな程度で!!こんな程度で!」
痛みに顔を歪めながらも、顔を上げてリゾットに向かって力強く精一杯に笑いかけてやる。
まだ諦めていないのだと。
「なあっ!!オレも舐められたもんだなぁ!!
手足はまだくっついてんだ!!
まだ首も落ちてねぇのに!
それで、テメェは、
その程度で、
…勝てた気になってるのか!!!!!!」
先端に感じる金属の感触。
燭台で鋏の動きを止めながら、テコの原理で無理矢理動かしながら、首に指を突っ込んで中から無理矢理引き出す。
口に溜まった血をリゾットの顔に激しく噴きかけ、目を狙って燭台で突く。
かつ、首のスカーフをほどくと、傷口にきつく巻き直して止血をした。
血を顔に浴びながらも、リゾットは後ろへ飛び距離を取る。
「なるほど、鋏、かッ。
大人しいツラして、なかなかっ、エグい真似、してくれるじゃねぇか……ッ」
吐き捨てるように言いながら、鋏の鈍い光を見た時、彼の頭の中で全てが繋がった。
「そうか、磁石……だな………ッ、鉄で繋がってたんだな……。
なら納得いくぜ…。オレの銃を奪い取ったのも…、弾丸を弾いたのも………。
鋏は……そうか……、あの血の色…………鉄分か…。
それで作れるたぁ、無茶苦茶な能力だぜ……」
「……だから、どうした…?」
脇腹を押さえていた手を下ろし、リゾットはコートをはためかせ後ろへ飛び上がる。
その体は闇に溶けこみながらも、一瞬にして姿を消してしまった。
「それだけではない。身をもって思いしれ………」
その言葉をプロシュートは理解する。
リゾットのその言葉と共に、身体を急激な疲労が襲ってきたのだ。
ふらつきながらも、倒れまいと壁に手を打ち付け、身体を支えながら立つ。
「…鉄分の欠乏だ。
俺がもう一撃同じ攻撃をすれば、完全に貴様は死ぬ。
酸素が運ばれない貴様の血液は、黄色に変わり、苦しみながら死ぬんだ。
……力を出し惜しみした貴様は、俺に勝てない……………」
淡々と響く声。
姿の見えない敵。
突然負った首の傷に、顔を歪める。
だが、それでも諦める訳にはいかなかった。
まだその場にいる筈だと、プロシュートは背後をとられないよう警戒しながらも、周囲を見渡しながらリゾットを探す。
「ああそうだろうな。テメェは厄介だ…。
オレがいままで殺り合った中で一番強ぇな。
テメェの力が相当ヤバイもんだと正直思ってる…!」
壁を殴り付けながら、頭に浮かぶのは妹の笑顔。
最初の一緒に暮らし始めた頃は、何をするにも怯えてばかりで、ビクビクプロシュートの顔色をうかがってきた。
頭を触られるのを異常に怖がった。
自分の目を見られたくなくて、両手ですぐ顔を隠していた。
夜になると大声で泣きながら走り回ったり、部屋のものをひっくり返していた。
「…だがな!それがどうした!!
オレはッ!死んでない!!
まだ死んでねえんだッッ!!」
それを少しずつ治していった。
ぐいっと強引に抱き締めて、ガシガシ頭を撫でてから、いい手触りだなとサラサラ撫でて髪にキスをした。
顔をかくす手をどかすのに、わざとくすぐって大声で笑わせた。
好きなようにさせた後は、ビスコッティと一緒に甘い牛乳を暖めて出してやり、ゆっくり飲ませてやった。
やわらかい毛布で包んでから優しく抱き締めて、あまり上手ではないが子守唄を歌ってやった。
アマーロがある日、木蓮の花をずっと眺めていたのを見て、その花と同じ色で綺麗な髪だという意味をこめて
「シュガーマグノリア」
と呼ぶようにした。
そうした事の積み重ねで、アマーロは少しずつ笑うようになった。
アマーロが笑うと彼自身も暖かい気持ちになった。
可愛くて可愛くて、幸せに生きて欲しいと思うようになった。
だから、たとえ傷ついても、譲れない。
死ぬ訳にはいかない。
いくら手を汚しても、決してそれだけは傷つくのを汚すのを拒否したものがある。
「死ぬものか…………………、まだアイツを一人ぼっちに出来ねぇ……んだ…………」
息を切らせながら立ち上がるプロシュートのその姿に、同じように精神のみ何とか立ち上がってるリゾットは信じられない気持ちに、かつてない混乱に陥っていた。
(その眼、その光。その量、失血死してもおかしくない筈………………………。
あの子の為なのか………?
奴をここまで奮い立たせるのは…)
そう口を押さえながら考えてるうちに、彼はだんだん自分は一体何をしてるんだと思うようになった。
チームの為、生き残る為…………その理由は、本当に、
あの少女を悲しませて、恐怖を味わわせて、殺してまで…………………、この血に濡れながらも獣のような闘争心で食いつくこの男を倒してまで…………………………………………………………、何かが、欠けていたのではないか?自分には………………………………。
その時、姿を消して見えない筈のリゾットのいる方向に向かって、息を切らせながらプロシュートは叫んだ。
叫んで更に自分自身を奮い立たせる為に。
「ろくに信じねぇ神よりも眼に見えるもんのが確かだ!!
それは何か!オレ自身だ!!!!
決して裏切らねぇからな!!
だからオレはテメェ自身に誓った!
アイツが一人前になるまで!決して死ぬものかと!
テメェにも理由があるかもしれねぇな!だがそんなもん知った事か!!
負けるかよ……!!絶対負けらんねぇな!!!!
…オレは死ぬ訳にいかねえんだよッッ!!!!!!!!」
そう叫ぶと、プロシュートはグレイトフルデッドで背後のステンドグラスを叩き割った。
悲鳴をあげるガラスの欠片を周囲一斉に飛ばす。
不自然にガラスが飛ぶ場所を、勿論彼は見逃さなかった。
隠し持っていたライターの油を染み込ませた木片に火をつけると、リゾットのいるであろう方向へ向かって力を込めて放り投げた。
先ほどプロシュートが破壊してバラバラの木片になった机にも、木製のベンチにもそれが瞬く間に燃え移り、周囲を炎が燃え上がる。次々と投げられる木で火は手を広げていく。
「知ってるかもしれねぇが、ここはな、昔からギャングの集会場だったんだよ……!
多分今は外のヤツラが使ってたんだろう」
その場にしゃがんだプロシュートは、先ほどの攻防で見つけた床の地下収納の取っ手に手を伸ばす。
「襲撃に備えて、当然武器もしまっとかねぇと、な……!」
その両手から薬莢をジャラジャラ響かせながら姿を見せたのは、機関銃。それは重々しく現れた。
「さっきのヤツラが出しっぱなしで、鍵をしまい忘れてたから助かったぜ」
(………まずい、この火は、これは…………………………!?)
リゾットの能力を見抜いたプロシュートは、その時頭に浮かんだ事をすぐさま実行していた。
火をつけたのはその為だ。
「磁石ってよ………、熱せられると急激にくっつかなくなるらしいじゃねぇか」
磁石には、磁力を減少する方法がいくつかある。
それは例えば、S極ならS極の反発しあう強い磁界を加える、ハンマーで強打し物理的な衝撃を加える……………そして高温を磁石に与える事だ。
一定の高温はキュリー点と呼ばれる。
キュリー点は一般的に120度と言われるが、100度前後で充分、磁力を失うのに足りる。
そして失われた磁力は、たとえ常温に戻しても元に戻る事はない。
「…炎にキスされて腰砕けになっちまうんじゃねぇか。あ?
…避けられるか?
避けてみろよッッ!!!!!!!!」
これで終わりだとばかりに、プロシュートはリゾットの全身に風穴をあけさせようと引金に指を引こうとした、
その瞬間、
「………お兄ちゃん………………?」
アマーロが扉を開けた瞬間だった。
そして、扉を開けた力がたとえほんの僅かだったとしても、腐った木の柱が、彼女にとっては運が悪く、折れたのがほぼ同じタイミングだった。
天井を支えていた煉瓦が石がガラガラと崩れ、彼女の上へ落ちていく。
何が起きたか分からないまま、上を見て固まるアマーロ。
彼女一人では間に合わない。
すかさずアマーロのいる元へ走った。
名前を叫びながら瓦礫が頭を潰す僅かな時に、彼はグレイトフルデッドを発動させ、その手をギリギリまで伸ばした。
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