短編小説
注ぎ込む愛と甘受する愛2
これはだいぶ昔の話。
真っ赤に燃える炎。
辺りには何もない。
昨日まで自分が囚われていたものは一切に、何も無い。
炎はより冷酷に、残酷にまだまだ辺りを無くしてゆく。
俺の、世界の終わりがそこにあった。
「何の絵書いてんの?」
「…………別に」
黒髪の、薄く閉じた瞼の下の漆黒の瞳が印象的な少年がいきなり右から現れた。
「ふーん。それ、隕石?」
「…………うん」
塗りつぶす赤は止まらない。
「隕石が、おまえを助けてくれるの?」
「………………助ける?」
小さな手に握った真っ赤なクレヨンを停める。
「どうして?隕石は世界を破壊するんじゃないの?」
すると名前も知らない、と言うか興味がなかった同い年の少年がきょとんとした顔をする。
「おまえはそれを望んでんじゃねーの?」
「………………」
『君の捜査を頼んで来たのはまだ君と同じくらいの小さな男の子だったよ。藤堂文也くん、だったかな…。お父さんとお母さんはどこにいる?』
刑事の言葉が不意に頭をよぎった。
「誰?」
目の前の少年に名前を聞いたのはある種の確信に近い。
こんなに隅っこを望む自分に、気をまわすものなどいなかったから。
「君、とうどうふみや?」
きっと藤堂文也なのだろう。
俺みたいな奴の捜索届けをわざわざ出した奇特なひと。俺の命を繋ぎ止めたひと。
「あれ、おまえ俺のこと知ってんだ?」
「………………。」
「なんだ、知らなかったんだ」
「………………。」
「まぁいいや。お前が帰ってきて、よかったよ。」
お前が帰ってきてよかったよ。
それは不意に胸の奥にストンと落ちてきた。
まるで一滴の雫が淀みのない静かな水面に落ちて波紋が広がってゆくような…。
やがて小さな波は急激な濁流に呑み込まれ、絶対に触れられない枯れた砂漠に突如雪崩れ込み、泥を巻き込み空気を巻き込み、澱みに澱んで渦を巻き、言い様の無い吐き気を伴って熱をおびた。
“おかえり"
そう言われたようだった。
このときから俺は、フミのためだけの生命になった。フミは俺を縛るあらゆるしがらみから解き放ってくれたし、俺もこれで自由だと喜んだはずだったが、俺は存外何かに縛られて依存して生きることのほうが自分にとって楽なことなのだと後々気づいた。だから俺は己をフミに縛り付けた。フミの言うことは絶対に自分の正義であり真実であると。そのように心に刻んだのだ。
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