短編小説
急に襲ってくる犬
「く、くるな…くるなくるなくるなよ!」
自分の背よりも明らかに10…いや、20センチは背が高い巨漢に襲われて逃げ出す俺は男子高校生。
そりゃ、友達少なくて何の面白みもなくてあんまり口も開かないし笑わないけど、甘やかしてくれる友人に甘えきってコミュニケーションから逃げてきたけど、いきなりこんな試練を神は俺に課そうというのか鬼畜生。
「森山…」
なんだよ、なんでそんな顔するんだよ。
まるで俺が悪者見たいじゃないか。
大体お前は俺ほどじゃないみたいだけど沢山喋るタイプじゃないみたいだし、俺は見ての通り無口なんだから、相性だってこれ以上無いってほど最悪なはずだろ。
そんなに人肌に飢えてんなら口達者な俺の友人の方にしとけって。無口な俺が推すんだから間違いない。あいつらならこっちがあんま喋んなくても十分楽しい時間を過ごせる。
だから
「だから、こっちくんなってっ」
そうやって逃れても、俺が後退した分だけ、いやそれ以上の距離をもって追い詰めてくる。
「お、お前怖いから、やめろって……相沢ぁっ…」
話すことに慣れてないから一言一言丁寧な音を出さないと噛みそうだ。
話すって結構大変で、聞くのは楽しいけど話すとなると何を言っていいか分からないし、数えきれないほど頭に詰まってるはずの語彙もてんで役に立たない。
「逃げないでくれ」
「じゃあっ追いかけるなよ」
「それは…嫌、だ」
「なんでだよ!じゃあ俺も嫌っ」
「……森山」
そもそもお前が俺に、ちゅうなんてしなければこんなことにはなってないんだろ。悪いのはお前だろ。なんでそんな目で見るんだよ、そんな、捨てられた犬みたいな……くそ!
「だめ…か?」
「だめだろ!」
いや、何が?何がダメなのかは分からないけど、取り敢えず今のところお前は何もだめ。動くな近づくな手をのばすなぁ!
「っ…」
「…………」
いきなり腕を掴まれて不意に肩が揺れる。なんなんだと目を覗かせるとこちらを食い入るように見つめる真っ黒な相沢の瞳があるだけで、なにも話すことは無い。
ただその瞳は、怖いくらいに読めなくて、でもやっぱりこっちをずっと見ていて、観察されてるみたいで本当に嫌だ。
「……なんだ、よ…」
「…………」
「なんかいえよ!」
「…………」
なにも言わないのが怖くて俺は腕から逃げようと自分の手を引くが反射なのか直ぐにグッと力を入れて掴まれて、抜け出せる気がしなくなった。
「ずっと、見てた」
「………」
…………
え、え?こ、怖い怖い怖い怖い!
なにこいつ怖い
「そしたら時々笑って、それが可愛くて好きになった」
こいつの名誉のために言っておくと、相沢はけしてキモくないし太ってもガリガリでも無い。
ガッチリとした屈強な男らしい身体つきと細くしまった腰。
純粋なだけに人を直ぐに信じるところとか、期待するとそれ以上で返してくるところとか、困ってる女子がいたら当然のように代わってあげるところとか、誠実で武士みたいな雰囲気とか、悔しいけどイケメンでキャーキャー言われてて、この学校でも有名な相沢くんは文句無しにいい男だ。
それなのに、ホモで、聞き間違えでなければ俺に惚れたと言っているぞ。
残念すぎるてか謎すぎる。
「だからずっと触ってみたかった」
「………」
それでお前はいきなりキスするのか。
俺の気持ちも考えずに?
ふざけんな。
「俺はお前なんて…お前なんて………っ」
その先が紡げなかったのは別に俺が本心と逆のことを言おうとしている罪悪感に駆られたからじゃない。
目が、相沢の目がとても切なそうに、苦しそうに俺のことを見つめるからだ。
俺は随分昔に家の前に捨てられていた仔犬を拾ってやりたくて、でも家庭の事情で拾えなくて、こっそり餌をやったりするけど屋根もないダンボール箱の中で日に日に衰弱していく姿を胸が剥がれ落ちるような思いで見るしかなかったことがある。
そのときのあいつも、こんな目をしていたのだと思い出してしまう。
そうしたらもう、拒絶の言葉なんて出てこなくて、望みを叶えなくてはと変な焦燥感みたいなのに責め立てられて、思わず抱きしめてしまった。
「…っそんな目で、みんなよ」
どうも落ち着かなくて大型犬のような相沢の頭を抱えて座り込んでしまった
。
「俺じゃなくてもいいだろ…?相沢ならモテるんだし、わざわざ俺みたいな、無愛想で、最低な、しかも男なんかに、貴重な時間割いてんなよ…」
すると、今まで大人しく抱えられていた相沢の頭部がもぞっと動いたかと思うと鎖骨の上あたりに生ぬるいぬるっとした感覚がすべった。
「っひゃッ」
そして間髪いれずに次はチクッとした感触がして思わずそこを押さえて逃れた。
「……森山がいい。森山じゃないと俺は嫌だ。」
「っ………」
いつも穏やかで犬のような相沢が、少し怒気を孕ませた強い瞳で俺を射抜く。
「森山…甘い匂いがする。」
突然視線を逸らしたかと思えば思案顔でそのような独り言を呟く。
俺は頭がパニクってぐるぐるしていて、よくわからないうちに「あ、あああ相じゃわの馬鹿ああああああ」と盛大に噛みながら、それを恥ずかしいと思う余裕もなくその場から逃げ出していた。
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