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仁王と昼ドラ女(庭球)
雨の中で傘も差さずに空を見上げる女を見た時、仁王はつい呟いていた。
「なんかベタな展開じゃのう」
きっと女は失恋か何かで酷く傷つき、雨の中泣いているのだと設定付けて満足し、仁王はそのまま女から目を逸らした。見ず知らずの女に声をかける気など更々なく、なにごともない日常に戻って行くつもりだった。
「最近の子は冷たいのね」
傘のせいで視界が狭くなっていた仁王には、女が自分に近付いてきていた事が気が付けなかった。
気配には敏感な方だと思っていた仁王は驚きつつ、冷静な部分で面倒に巻き込まれたことを自覚した。
「傘なら他を当たってくれんかの、急いどるんじゃ」
そっけなく対応して素早くその場を離れようと仁王が口を開くと、女はとてもおかしなことを言われたと言いたげに笑った。
「今更傘なんて必要ないわ、全身ぐちょぐちょだもの」
じゃあなんで声をかけたんだと内心で罵って、仁王は沈黙を守った。女は茶色に染まった髪をかき上げて、今度は自傷気味に笑った。
「カワイソウな感じ出てた?」
「は?」
「傷心して雨の中泣いてる感じ、した?」
「したのう、それが?」
「私愚かでカワイソウな女だから、そんな雰囲気を味わってみようと思ったの」
つい返事をしてしまったのを後悔するほど、女の言っていることは理解不能だった。
「男と別れたのよ、10歳年上だった」
「そいつが結婚しとった?」
「そうそう、でもそれだけじゃないの。妊娠した奥さんに家にいる時に乗り込まれちゃって、結婚してるとは知らなかったから吃驚したなぁ、修羅場を体験するとは思わなかった」
そんな展開は中学生の仁王とは縁遠いもので、つい興味を引かれる。女は少し顔を上げ、その場面を頭の中で再生しているように見えた。
「当然のようにその場で関係を清算して、というかしなきゃ殺されかねない感じだったけど。まぁ次の男探せばいっか、くらいに思ってたら……」
「思ってたら……?」
「生理がね、来ないのよ」
思わず息を呑んでしまい、仁王は少し恥ずかしくなった。そんな様子の仁王には気付かず、女は一つ頷いた。
「妊娠3か月だった、残念なことに」
声に出しはしなかったが、仁王はうわぁ、と口を動かした。展開がもう昼ドラすぎてちょっとだけ他よりませている程度の仁王の想像の範疇を超えている。
「とてもじゃないけど、別れた妻子持ちの人間の子供なんて産めないじゃない?本当は命をそんなふうにするのは嫌なんだけど、中絶したのよ」
仁王は決めた、自分はしっかり避妊しようと。今のところそんな事をする相手はいなかったが。
「そしたらさ、子宮に傷が付いちゃって…」
「まさか……じゃろ、」
「そう、まさかよ。子宮摘出」
重い、重すぎる。中学生に聞かせるには重すぎる、仁王は完全に引いた。
「まあ仕方ないのよ、命を粗末にしたんだから。でもね、やっぱ退院したばっかだからかなぁー、すごくやりきれなくて」
だから雨に当たってたのよ、とそう締めくくって、女はやっぱり自傷気味に笑った。
「その、なんじゃ……次は子供嫌いな奴と付き合いんしゃい」
「あはは、そうだね、そうするよ」
じゃあ私は帰るよ、なんて軽い調子で去っていく女の背中を見送りながら、仁王は回転の鈍い頭を機動させ、自分も家に向かうのだった。
終り。
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