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両手10題(土方夢)
01 合わせる両手は神への祈り

昼過ぎ、落ち着いてきた食堂。
私は、厨房で片付けをしていた。


「名前」
「あ、総悟。どうしたの?」


片付けていた手を止め、厨房を覗き込んだ総悟へと駆け寄った。
わざわざ何か注文しに来たのかと思えば、違った。


「土方の事、聞きましたかィ?」
「十四郎の事?いいえ、何も」
「そーかィ。明日、出撃するらしィですぜ?」
「出撃?」
「敵は、かなり手強いらしい」


十四郎が、出撃…。
しかも、敵はかなりの相手…。
そんなの、聞いてない。


「…あ、ね、総悟は?」
「あ?」
「総悟も出撃するの?」
「あー、俺もでさァ。まァ、しょうがあるめェ」
「気を付けてね」


総悟は、私にとって弟みたいな人だ。
小さい頃から、ずっと一緒に居た。
身内の無い私にとって、かけがえのない存在。
失いたくない。


「そんな顔しねェでくだせェ。死ぬ訳じゃねェんだから」
「でも、相手はかなりのって…」
「あー」


そんなこと言っちゃったなーって顔をする総悟。
その顔が間抜けに見えて、少し笑った。


「名前は笑った顔が一番でさァ」
「ありがとう」
「じゃ、俺は行きまさァ。色々準備があるんで」
「…総悟っ」


背中を向けて行こうとした総悟を、私は呼び止めた。
総悟の元へ駆け寄って、総悟の頭に手を伸ばした。
ポン、ポン。
総悟の頭を撫でる。


「絶対、帰ってくるのよ?」
「わかってまさァ」


少し照れくさそうに笑って、総悟は去っていった。


ミツバ姉、総悟はとっても大きくなったわ。
私、背伸びしないと、総悟の頭に手が届かないのよ。
昔は私よりも小さかったのに、いつの間に大きくなったんだろうね。
あの背中だって、江戸に行く時よりも、遥かに大きい。


不意に私は、神と言う者が居るのなら、その神とやらに祈りたくなった。
震える両手を合わせて、目を瞑る。


「…何やってんだ?」
「十四郎」


振り返れば、十四郎が険しい顔して立っていた。
珍しく、煙草を吸ってない。
両手はズボンのポケットの中だった。


「神様にね、お願いしてたのよ」
「何を?」
「皆が無事に帰ってきますようにって」


私は笑った。
上手く笑えてるか、わからなかった。
ずっと小さい頃から一緒に居て、家族みたいな…温かい人達だから。
皆に帰ってきてほしかった。
でも私は、十四郎を誰よりも失いたくなかった。


「総悟から、聞いたわ。明日、出撃するんでしょう?」


黙ってしまった十四郎に、声をかけた。
私が声をかけても、十四郎はずっと黙ってる。
貴方は、“帰ってきて”とか、“気を付けて”とかの言葉を嫌う。


「いつだって、俺は死ぬ準備は出来てんだ」


それが、貴方の口癖。
だから、せめて、“ご武運を祈ってます”って、言いたかった。


「ご武運を…」


そう言いかけたら、十四郎に引き寄せられた。
気付けば、十四郎の腕の中。


「とう…し…ろ…う…?」
「神なんて、居ねぇ」
「え?」


何故だか、十四郎はとても苦しそうで。
私は、祈っていた両手を解いて、十四郎の背中に手を回した。



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あきゅろす。
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