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ぬかるんだ足場をものともしない動きで地を蹴り駆ける小さな後ろ姿は、今のわたしには何より頼もしく思えるものだった。



宙に曲線を描き、不規則な軌道で撃たれる水流を機敏に避けてリオルはコダックへと接敵していく。水の刃が地面に突き刺さり、溜まった泥水が跳ね散らされて視界を遮る幕となった。
「リオル…っ!?」
水流と泥の壁に消えた青く小さな姿。リオルを見失ったわたしは、ロコンを胸に抱きしめて思わず叫んでいた。
守ろうとしてくれた、それなのに――。
何かあったらどうしよう。背筋に冷たいものが走る。
…しかし――くすんだ色の水の壁が崩れる向こうから、一際鮮やかな青が現れた。
コダックの至近、構えた獣の両掌に目映い光が灯る。次に何かコダックが行動を起こすよりも早く突き出された両手の間に集束した輝きが解き放たれ、ぽってりと丸い腹を勢いよく衝撃波として貫いた。防ぐことをさせないその一撃はコダックの身体を弾き飛ばし、戦闘不能へと追いやる。
勝負を決めたのは、はっけい。気を操り、攻撃の手段とする。かくとうタイプに相応しい、見事な一撃だった。

わたしは無意識に詰めていた息をそろそろと吐く。戦いは終わった。助かったことに安堵し、へたりこみそうになる。
でも、腕の中の温もりと重みに今は呆けている場合ではないと震える足を叱咤した。早く街に戻ってポケモンセンターに行かなきゃならないし、助けてくれたリオルにお礼も言わなければ。
倒れたコダックと、周囲に他の敵の姿がないか警戒するリオルの後ろ姿へ踏み出しかけるが、それよりもリオルが振り返ってこちらへ駆け寄る方が早かった。
わたしのすぐ前までやって来て、真っ直ぐに私を見上げる真紅の瞳。縦に長い瞳孔は人のものとは違っていて、けれど気遣うような優しい感情を宿して見えた。
「…ありがとう、助けてくれて」
目線を合わせるためにしゃがんで、私はぺこりと頭を下げる。
心から紡いだお礼にリオルはそのつり上がった大きな両眼を見開き、一瞬棒立ちになった。
「…リオル?」
何だか困惑と驚愕が顕な様子にわたしは小首を傾げてしまう。小さな呼び掛けにリオルははっと我に返り、忙しなく頭を振った後でわたしの腕を掴むと慌てた様子で立つことを促した。小柄な体躯に見合わない強い力で簡単に腰が浮く。立ち上がったわたしの膝やスカートの裾を確かめ、リオルは青い体毛との対比も鮮やかな真紅の瞳をゆるりと細めた。
ほっとした、と言うように。
………ええと、地面の泥に汚れることを心配してくれたのかな。どうにもこのリオルは紳士的だ。
わたしはそっと左手を伸ばすと、丸っこい頭を撫でて微笑した。
もう一度ありがとうと言って、でも、と先を続ける。
「大丈夫。汚れたら洗えばいいんだよ」
リオルはきょとんと目を瞬かせて不思議そうだ。お嬢さまやお姫さまでもないのだから、そんな風に気遣われるのはくすぐったい――と言うのは伝えるのが難しいのかもしれない。
それに――もう一つ大切なことがあった。わたしは腕の中のロコンを見る。くたりと力の抜けた軽い身体。早くポケモンセンターで治療してあげたい。でも、また野生のポケモンに襲われたら、わたしではロコンを守ってあげられない。
本当に、申し訳なく思うんだけど。
リオルの目を真剣に見つめ、わたしは口を開いた。
「…あのね、図々しいのは分かってるの。でもわたし一人じゃ街まで帰れないかもしれない。だから…」
一緒に来てくれる?――そう、訊ねる前に。
リオルは胸に拳を当てて頭を下げた。騎士が、主に対してするような仕草で。




守護の誓約



「…いいの?」
街まで送ってくれると思っても。誠実さを感じる厚意に甘えてしまってもいいのだろうか。
躊躇いもしない態にどうしても確かめてしまう。
リオルは緋の眼にわたしを映し、力強く頷いてくれた――。

先導するようにしっかりした足取りで歩き出そうとしたリオルを、わたしは待ってと呼び止める。
「名前、言ってなかったよね。わたしはメイ。よろしくね」




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あきゅろす。
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