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スイクンと




アスファルトとコンクリートで固められた街中よりはマシかと思われたんだけれど――。

森を貫く街道を歩けば木の葉の間から容赦のない太陽の光が突き刺さり、更にそこかしこから無数に折り重なって響く蝉の鳴き声が暑さを増幅させているようだ。
あつい。どうしようもなく、あつい。
全身にぼんやりとした熱がこもり、頭の中身が膨張と収縮を繰り返す。
鈍く働きの止まりかけた思考。惰性で進めていた足が縺れた。
「…も、…あ…っい…」
目の前が暗くなり、ふっと身体から力が抜ける。
頭上からなだれる蝉時雨に押し潰されるように、大地の引力に引かれるように、重く自由の効かない身体が崩れ落ちようとした、その時――するりと滑らかな感触の薄い何かが肩と腰を柔らかく受け止めてくれた。
「……あ……」
霞んで狭くなった視界の端に豊かに波打つ藤色の鬣が映り込む。深い湖の水を固めて丁寧に研磨したような美しく大きな飾り角の下から、紅玉の瞳が呆れと心配を半々に滲ませてわたしを見つめていた。
音もなく傍らに現れてわたしの身体を支えてくれたのは――、北風の化身と謳われる一頭の、神々しいばかりにきれいなポケモン。
「…スイクン…」
助けてくれてありがとうと迷惑かけてごめんなさいを伝えようとした声は森の葉擦れと蝉の鳴き声に掻き消えて、わたしの意識もまた、そこで途切れた。


◎●◎


風が木の葉を撫で、さわさわと涼やかな音を奏でている。肌にまとわりつく暑さは遠退き、背に当たる硬いけれどすべすべひんやりした何かと、細く平たい何かが頬や額を撫でる冷たい感触が気持ちいい。
「……ん、…」
重たい瞼をぎこちなく持ち上げ細く開いた目が、紫の鬣と濡れた水晶の輝きを宿すしなやかな獣の体躯を映し出した。清流に触れたような、火照った身体を静めてくれる心地いい温度。
寄り掛かることを許してくれている背中に預けた頬をゆるめ、わたしは小さく吐息をこぼした。
『…気が付いたか、メイ』
頭の中に直接響くのは少し硬質な感じを受ける、涼やかな青年の声。
「うん…」
ありがとう、と繋ぎたかった言葉はため息に遮られてしまう。
『全く君ときたら、私達の友であると同時に主でもあるのだと自覚はしているのか。君は人間で女性なのだから炎天下での行動は細心の注意が必要だと、知らぬ訳でもあるまい』
少し眠っていたせいか多少和らいではいたものの、未だだるくて重い頭と身体の下になってくれていながらお説教を始めたスイクン。わたしはもう一度閉じてしまいたくなった目をどうにか開いたまま、殊勝な顔つきで俯く。こういう時に逆らったり流すのは得策ではないのだ。
それに――頬や額に触れているスイクンのひんやりした尻尾には優しさがあったし。


『――…だから、体調管理ぐらいは出来てもらわねば困る、……メイ、聞いているのか』
「うん…」
半分くらいは。とは心の中だけに留めて、わたしはぼんやりした頭でスイクンの背中を撫でた。ふかふかの鬣に細身だけど筋肉質の逞しい体躯は日差しの元で清らかな水の流れみたいにきらめいて本当にきれい。触れてる部分から内側に溜まった熱が吸い上げられ、火照った身体を冷ましてくれる清涼な空気を感じる。
気持ちよさにとろりと目を細めると、そよ風みたいなスイクンのため息が額をくすぐった。
『…君は仕方のない娘だな』
呆れた声には笑いも滲んでいて、だからわたしも頬をゆるめてみせる。
口煩く注意するのは心配してくれているから。
こうして凭れることを赦してくれるのは優しさの顕れだから。
「だって、スイクンはわたしのこと見捨てたりはしないでしょう?」
呆れても、お説教をしても、置いていかれたりはしないのだろう。
寒さの象徴、北風を司る彼はしかしあたたかい優しさを持っている。
ね?――と問う代わり、すべすべした背中に頬を擦るように首を傾げてみせれば、スイクンは宝石みたいに透き通った緋色の双眸を瞠った。
――そして。波打つ尻尾の先がこめかみを伝う汗を拭うと、柔らかな声音がわたしの頭に響く。
『……当然だ。君は、放っておけないからな』




世界一ほっとする場所



凭れる君の重みが心地よく感じはじめたのは、いつからだったのか。
君と過ごす時間を楽しいと感じるようになったのはいつからだったのか。
始まりを覚えてはいない。


しかし自覚を得た今、君には自分を大切にしてもらわなければ困る。
ポケモンである我々と違い、人である君は脆く儚い存在であるのだから。

共に在る刻を少しでも長く過ごせるようにと願う気持ちを僅かなりと汲んでもらいたいものだが、私の躯に寄り掛かり気持ち良さそうに微睡む彼女に求めるのは難しいようだ――。










title.『星空ロマンチカ』さま



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