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宵待ちの灯火(ヒノトさんと/夢100)



余裕を持って着替えに臨んだはずが思いのほか手間取り、待ち合わせの時間に遅れそうになった私は履き慣れない下駄で石畳の道を走っていた。
全力疾走してはせっかくの浴衣が着崩れしそうで、どうしても小走りするしかなく――祭囃子に浮き立つ人波を縫いながら逸る気持ちを抑え、私は神社の鳥居へと足を進める。
この日のために選んだ黒地に大輪の百合が織り込まれた浴衣も、両サイドの編み込みを後ろでゆるく一つに纏めた髪も、それを彩る花飾りも。
少しでもかわいいって思ってもらえたらいい。そう、小さく願って。



出店の屋台が参道の両脇に並び、道行く人々がたてる賑やかな喧騒。夕陽の橙とあちこちに飾られた赤い提灯の光が混ざり合い、温かな色彩に照らされた中。
大きな鳥居の側にその人は立っていた。
ふわふわと柔らかそうな癖っ毛は見事な雪白。白を基調に薄い翠が僅かにかかり、黒の差し色に金糸で上品な意匠の施された浴衣は彼の華やかな雰囲気を更に引き立てている。
長身で人目を惹くその人は雑多な人の群の中にあっても目立っていて、主に女性たちの注目を集めていた。私もまた、束の間目を奪われ――足が止まると同時に注意が逸れたらしい。後ろから歩いて来た人を避けきれず、擦れ違い様に肩が当たって軽くよろめいた。
崩れかけた体勢は自分で持ち直すより早く、力強い腕に支えられて姿勢を戻される。
「――大丈夫? どこか痛くない?」
上から降って来た心配そうな声に顔を上げれば、金灰色の目と視線が合った。切れ長の双眸は湖緑の隈取りに彩られ、不思議な艶やかさを湛えている。
「メイ?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございました、ヒノトさん」
しっかりと男性的でありながら綺麗な顔立ちが近くて、恥ずかしさから咄嗟に身を離そうとしたものの、肩を包む手と頬へと伸ばされた掌によって阻まれてしまう。
「本当に?」
「はい」
「それなら良いけど、…君にぶつかったあの男は許せないな。女の子にぶつかって無事を確認もせず、謝りもしない。怪我でもさせてたらどんな報復を受けたって文句は言えないよね」
「あの、本当に大丈夫ですからっ」
剣呑な物言いに慌てて勢いよく首を横に振り、私はヒノトさんの気を逸らすべく言葉を続けた。
「それよりお待たせしてすみません。忙しいところ、せっかく時間を作っていただいたのに…」
「そんなことは気にしなくていいよ。女の子より男の方が先に着いてるなんて当然の事なんだから。それに――」
長い指先がそっと、私の耳にゆるくかかる髪を掻き上げる。
「俺に見せる為にこんなに可愛くして来てくれたなら、どれだけ待たされたっていいぐらいだよ」
魅惑的な金灰色の双眸が優しく細められ、耳元に落とされた言葉に胸が詰まった。ヒノトさんはいつだって優しいけれど、こんなのはずるい。
耳まで昇る熱をごまかすように顔を伏せ、私はヒノトさんの浴衣の袂を掴んだ。
「…あのっ、さっきかわいい風鈴を売っている出店があったんです。行ってみませんか?」
「…いいよ。それじゃあ、行ってみようか」
僅かに苦笑混じりではあったものの、了承を得られたことにほっとしたのも束の間。夏の気温よりも高い熱が指先を柔らかく絡め取った。
「ヒノトさん…!?」
「ほら、何処の店? 案内してくれないと通り過ぎちゃうかもしれないよ」
広い背中越しに響く声は楽し気で、繋がれた手に引かれて歩き出しながら、さりげなく距離を取ることは失敗したと知る。
半歩先を行く後ろ姿。首の付け根辺りで一つに結わえられた髪が柔らかく揺れる様に目を惹かれ、絡む指先の体温に鼓動が跳ね上がった。
心臓の音が外に聴こえてしまうのではと心配になるぐらい大きく高鳴ると、掌にまで熱が集中していくように感じる。緊張に汗をかいてる気もして、私はそっと手を抜こうとしたのだけれど、その瞬間に先程よりも強く力を込められてしまった。
「ヒノトさん…」
「メイは俺と手を繋ぐの嫌?」
背中を向けたままの問い掛けは低く落ち込んでいるみたいで、ありえない誤解に恥ずかしさを振り切って口を開く。
「そうじゃないですけど、…その、私…汗が…」
夕方を回っても依然気温は下がらないまま。そんな暑さの中で濡れた人肌なんて、不快な思いをさせてるのはこちらではないかと。
「だから離し…」
「メイ」
強く優しく絡む指先の力と名前を呼ぶ声に、言葉も動きも止められた。
手はけして離されないまま、振り返ったヒノトさんが微笑む。
「汗をかくぐらい緊張してるのも、そうやって真っ赤な顔してるのも、俺のこと意識してくれてるからでしょ。可愛いなあって思いこそすれ、嫌なはずないよ」
「……!」
ぱくぱくと口を開閉させるしかない私を見つめてヒノトさんは目元をふわりとゆるめ、再びのんびりとした歩みを進め出した。




宵待ちの灯火



けれど――。


「…あら、あの方はヒノト様じゃないかしら?」
「本当…いつ見ても素敵ね」
「あんなに見目の整った方、そうはいらっしゃらないわ」
「でもお連れの女性は…?」
「恋人? でもヒノト様が特定のお相手を作るかしら」
「そうよね。でも、あの方なら遊びでも全然構わないわよね」


ヒノトさんはまったく気付いてないようだったけど、行き交う人々のざわめきの中、通りすがりに耳に入ってくる女の子達の幸せそうに高揚した声。この国の王子として名と顔も広く知られ、そうでなくても魅力的な容姿を持つ彼は大勢の人の中でも埋もれることなく存在感を持っていた。
目立つ、のに――公の立場を考えてもこんな風に手を繋いで歩くのは大それたことのような気がして…。それに、元の世界では特別さなんてまるでない平凡な私が傍にいるのは引け目を覚えることでもあって、どうしても俯きがちになってしまう。
「メイ?」
「ヒノトさん…目立ってしまっていますし、やっぱり…」
「誰に見られていても俺は構わないけど、メイは恥ずかしがり屋さんだね」
ふ、と笑った彼に手を引き寄せられ、腰に腕が回された。離れるはずが更に密着した距離に混乱し、咄嗟に身を引きかけたものの、日頃の鍛練でしっかりと引き締まった強い腕はびくともしない。
「ヒノトさん…っ」
「別にこのまま見せ付けてもいいところだけど」
耳朶に触れるほど近く囁かれた声は、そこでぐっと低くなった。
「君が気にするなら――隠してしまおうか」
「え…!?」
空気が張り詰めたように一瞬ひやりとしたものを感じたと思えば、次の瞬間にはもふもふでふかふかの何かが身体を包み込んでいた。
何か――――と言うか。
「…ひ、ヒノトさん…その姿は」
目の前の彼の姿もまた一瞬にして大きな変貌を遂げている。
真白だった髪は灰がかった銀髪に。その頭上にはふさふさの狐耳が伸びていて、目元を彩る隈取りは湖緑から紅色へ変化し――何よりも、私に絡まるのは彼から生えた九本のボリュームある尻尾だった。
優美でありながら人為らざる異形の姿に僅かな震えの走る背を優しく抱かれる。
「ああ…大丈夫だよ。物の怪神楽の時に俺の中にいた妖狐は祓ったけど、その力の一端が残っただけだから」
事も無げに言って、ヒノトさんは私の頬に触れると微笑んだ。
「俺はちゃんと俺自身だから、心配しないで。俺以外の何かが君に触れるなんて絶対に許せないし、あの時みたいな事は二度とさせない」
いとしげに撫でる優しい手付きに足先まで痺れるような甘さが伝いかけ、私は慌てて頭を振る。
「ヒノトさん、ここ外ですし…!」
それどころじゃなく、絶対さっきより目立ってるはずだ。
「大丈夫だよ。見えてないから」
「………………」
それは、そうだ。
ヒノトさんに抱き締められ、一本一本が身体よりも太い尻尾に取り囲まれてるような状態の私からも周囲の様子はまるで見えないので。
いや、でも見えるとか見えないとかの問題じゃないよね…?
混乱真っ只中の頭では説得の言葉も形にならない。焦るばかりの私に、ヒノトさんは優しい声音で一つの提案を告げる。
「じゃあ、人気のないところに行く?」
「え…?」
「こうやって君に触れてると、もっとくっついていたくなるから不思議だよね」
「…っ」
軽く耳殻の上の方に口付けられ、更に何かの意思を感じさせる動きで肩に腕に、腰へと巻き付く尻尾の感触。思わずヒノトさんの着物の胸元を掴むと、抱き締める腕にまた少し力が込められた。
悪意は微塵も感じられず、でも状況を好転させるには頷くしかない提案。
与えてもらえない選択肢に私は小さく頷いて――お祭りを諦めた。



















なんでこうなった。



20160819




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