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保護者vs御主人様(黒ウィズ)



魔道艇があげるごうごうという重低音の唸りや足元から響く揺れにも、ここ数日で随分と慣れた気がする。
甲板に出れば切り裂くように冷たい風が更にその声を重ねて鼓膜を揺さぶった。身体を叩く風に浚われて羽織ったマントがばたばたはためく。
今は〈イグノビリウム〉の艦隊は影もないが、どこまでも広がる空はその何もないからっぽさに反して音が絶えることはない。
「…考え事するには向かないものだね」
ぽつりと呟いて遠くを眺める私の肩、ウィズが複雑な虹彩を持つ瞳で覗き込んでくる。
「キミが気に病むことではないにゃ」
心を読んだような囁きに私は小さく頷いて――でも、と首を振った。
「助けられるなら助けたかった。ちゃんと守れるように。戦うならそのための力を持ちたい」
本当の魔法使いの力はもっと平和な、誰かの役に立てるようなものであるはず。
〈クエス・アリアス〉でそうだったように。
戦争や、敵を討ち滅ぼすためなんかじゃなくて――もっと。
「…まったく、キミらしいにゃ。でもこの世界は、」
「黒猫の魔法使い」
ウィズが不自然に言葉を止めたと思えば背後から気配もなく声を掛けられて、私はびくりと身を竦ませた。
「…ル、ルヴァル」
相変わらず足音がない。心臓に悪い登場の仕方は改めてくれない天軍の将にちょっと顔がこわばってしまうのは仕方ない。
「此処にいたのか。午後からの軍議だが、卿にも出席を願いたい」
長身に、非の打ち所のない端麗な容姿の男――ルヴァル・アウルム。彼は用件を告げたところでふと柳眉を顰めてみせた。
「卿。どこか顔色が優れないようだ。何か憂苦でもあったのか」
「…いや」
当に答えの出せない考え事の最中ではあったけれど、それを口にするのは憚られ、私は小さく首を振った。
この空戦が繰り広げられる世界に来て以来何かと気にかけてくれるルヴァルに、彼と折り合いが良いとは決して言えない総指揮官の名は出せない。
「何でもない。少し風に当たりたかっただけだよ」
どうにかちゃんと笑えたと思ったのに、私の言葉はルヴァルの表情を険しくさせただけだった。
「私には話せない悩みか」
「そういう事じゃなくて…」
「では、卿の事情に私では力になれぬと?」
「全然、そういう事じゃなくて!」
慌てて勢いよく首を横に振り否定した私を見下ろす彼はあくまで真剣で、話を流す気はないらしい。
それまで肩の上で黙っていたウィズが小さな頭を擦り寄せてきた。気持ちのいい柔らかな猫の毛を感じた瞬間にそっと囁き声が耳へと届く。
「…キミ、諦めるにゃ」
師匠にまで降参を薦められ、私は苦笑した――。
「本当に少し、考え事をしてただけなんだよ」
そう、前置きをしてルヴァルへと自分の気持ちを話し出した。



ドルキマス軍の先遣隊を担う中将・クラリアの部隊と同行していた時のこと。
敵である〈イグノビリウム〉の軍域にある謎の遺跡を前に艦隊は包囲され、あわや全滅もあり得た事態となった。
それはもちろん、敵はただ圧倒的な物量をもって正面からの戦を仕掛けるだけのものと見縊っていた油断も多分にあったのだけど――彼らも“考えて動く”ことを元帥であるディートリヒ・ベルクは予測していたのだ。
私たちが敵の注意を惹くだけの戦果をあげ続ければ、そこを叩きに〈イグノビリウム〉は動く。敵の艦隊を軍の一団に引き付けることでディートリヒは背後に大きな隙を作った――。
それは元帥としての判断で、軍の作戦だと言われてしまえばそれまでではある。
でも――


「味方まで欺くようなやり方は…私は納得出来ない」
全部を話して欲しいとは思わない。だけど、もっと他にやりようはあるはずだ。彼に心酔し、その背中を追い続けてるクラリアのためにも、彼女に付き従う隊の皆のためにも。
誰かを傷つけ、信頼を裏切るような真似は哀しすぎる。
「――それはつまり、あの男は卿を囮に使ったと?」
遠雷の響きのようにびりびりとした怒気を孕んだ低い声音。この軍の中にあって貴重な穏やかさと柔らかい雰囲気を持ってるルヴァルには似付かわしくないそれに、私は地雷を踏んだことを知った。
天軍の将にして人間を護ろうとするルヴァルは、人間でありながら己以外の同族を駒と見做すディートリヒは警戒対象に見える。
ちょっと考えたらわかったはずだ。これは、彼にだけは話しちゃいけない内容だった。
「えっと、私が囮になるのは問題ないと思うんだけど」
魔力を介して動く魔道艇の装甲は他の戦艦よりも優れていたから、囮として最適だとは自分でも考えたこと。
問題はそこではなく――敵を引き付ける役目を最初から知らされていたなら、味方側の損害はもっと抑えられたかもしれない。
空で無残に散っていった命を守れたかもしれない。
それが堪らなく悔しかった。
「ディートリヒはなんで…」
「卿」
紡ごうとした言葉の先を遮る強さでルヴァルの金色の眸が射抜くような光を帯びる。
思わず息を呑んだ私の肩をルヴァルが掴んだ。
「異世界からの来訪者である卿をあの男は駒の一つと利用し、囮とした。そうだな?」
「それは魔道艇の耐久性を考えたら適任だったと思うんだけど…」
「だからと言って、本来何の責務を負っているわけでもない卿に戦略の一つも説明せず犠牲を強いていいわけがない」
――いや、犠牲になったのは“味方”の兵士たちにゃ。
ぽそりと囁いたウィズの声は私にしか聞こえなかったようだ。
長身を屈めたルヴァルは諭すような口調で先を続ける。
「卿。まだ〈イグノビリウム〉の総てを殲滅したわけではない以上、この先もまだ戦いは続くだろう。残党である敵の艦隊を壊滅させ、地に平和をもたらすためにも卿の力は必要だ」
覚悟してるよ、と頷きを返し、私は肩に乗ったウィズの頭を撫でた。
敵の首魁、そして〈イグノビリウム〉そのものであったノグズエルを倒したものの、まだ〈クエス・アリアス〉に帰る目処はたたない。
それはたぶん、この世界で私が出来ること、やるべきことがあるんだと思う。
「うん。私で力になれることなら、やれるだけの事をやる」
それで、なくさずに済むものを守れるなら。
地平から昇る朝日のように透明な金色の眸をしっかり見つめて言い切ると、ルヴァルは何処か眩しそうに目を細めた。
「…卿」
ぎゅ、と肩を掴む手に力がこもる。
「次の戦い、卿には我らファーブラと共に来て欲しい」
真剣なルヴァルの顔に私は目を瞬く。
「でも、それは…」
「それは貴君らの決するところではない」
静かでありながら肚の底に重くずしりと響く低音は軍靴が甲板を蹴りたてる硬い足音と共に響いた。
――ディートリヒ・ベルク。
姿だけで圧倒的な威圧感をふりまく、軍の総指揮官がそこに、いた。
「黒猫の魔法使いには我らと共に前線に立ってもらう。魔道艇の〈イグノビリウム〉に対する殲滅力と敵の攻撃を押さえ込む装甲は適所にあってこそ意味がある」
船内へと続く扉から悠然と足を進めるのは、軍服に包まれた長身痩躯の美丈夫。眼帯で覆われた隻眼も、その整った容貌を損なうことはなく――むしろ冷酷で傲慢な王者然とした風体を際立たせるのに一役買っている。
最初に出会った時から苦手意識があったせいかはわからない、でもその姿を見ただけで身が竦むような心地に私はなるんだけど。
ルヴァルは真っ向から視線を合わせ、斬れるほどに鋭い声音でディートリヒへと問う。
「…そうしてまた卿は彼女を利用し、便利に使うつもりか」
「それが?」
返すディートリヒは冷徹な眼差しと嘲笑を浮かべた口元で真正面から受け止め、歯牙にもかけずといった態度だ。
二人の間の空間に激しいブリザードが吹き荒れる幻影が見える。
「〈イグノビリウム〉の侵攻を止めるべく、命を賭して尽力してくれている者に何の説明もせず使い捨ての駒とする――卑劣だな」
「使い捨てなどではない。黒猫の魔法使いは“有用な”駒だ、アウルム卿、貴君も知っての通りのな」
「人の身でありながら人を物としか見做さない卿に、これ以上この魔法使いを利用させはしない」
「アウルム卿は随分と黒猫の魔法使いに御執心のようだ」
「…何を、馬鹿な」
「人類の守護を唱いながら一個人に肩入れする――天軍率いる将ながら、人の如き凡庸さには畏れ入るよ」
真逆の印象を受ける二人の男の間。烈風吹き荒び、無数の氷の礫が嵐と降り注ぐ幻影を私は確かに見た。




保護者vs御主人様



「……な、なんでこんな状況に……」
「モテる女は罪作りだにゃー」
「いやこれそんなんじゃないよね…?」
ものすごく適当なウィズの感想に私は力なく肩を落とす。
止めなくてはいけない。
でも、何かもうとっても疲れた。
「やれやれ、あの人たちにも困ったもんですねえ。取り敢えず長くなりそうですし、魔法使い殿はこっちで紅茶でもどうです?」
「そうだぞ、魔法使い。ベルク元帥が何を考えているかは計り知れないが、貴様はベルク元帥のものだ。あの方の所有物は何があろうと守ってみせる。次の戦いでも必ずだ。だから、今は戦に備えて出来るだけ体を休めておけ!」
「ヴィラム、クラリエ!?」
湯気の立つ紅茶の入ったカップを差し出す男と偉そうに腕を組む少女にいつ背後を取られたのか――いや、それより私は別にディートリヒの所有物じゃないんだけど。
言いたいことはあったけれど、薄い胸をえへんと張った少女の紡ぐ怒濤の勢いの言葉に制されてしまう。
「魔道艇の火力と耐久は認めるところだが、貴様自身は紙装甲だからな! 白兵戦に巻き込まれてはあっと言う間に死人の仲間入りに決まっている!」
「まあ、そうはさせない為に俺らがいるって事ですがね」
「うむ! 貴様がどれ程紙装甲でも必ず守ってやる! 安心するがいいぞ、魔法使い」
……紙装甲……。
確かに鎧や盾を身に付けてるわけではないから防御が薄く見られても仕方ない。
でもあまりな言い方じゃないだろうか。
「ええと…私もそれなりに自分の身は守れるよ?」
「ふん。敵の攻撃を受けては一溜りもなかろう」
「そうですよ、魔法使い殿。あんたは切り札としての役割をしっかり熟してくれてるんだ。白兵戦は俺達に任せてくれりゃあいい」
「…え、ええー…」
護りたくてここにいるのに、守られるのはどうなのか。
困惑あらわな私に、ぽつりとウィズが囁いた。
「彼ら、最初からこうだったにゃ。ここは素直にお世話になるといいのにゃ」
「…他人事だと思って…」
嘆息混じりの呟きは魔道艇の稼動音と風の唸りに紛れて誰にも届かない。
――どころか、向こうで行われているルヴァルとディートリヒの冷戦には互いの副官であるプルミエとローヴィが加わって混沌の態を為している。


白い雲を眼下にする青い空のただ中で収拾のつかない喧騒はしばらく続くだろう。
私はもうひとつ溜め息を落とすと、なるようにしかならない決着を待つことに決め――ヴィラムから紅茶を受け取った。













ドルキマスがすきです。



20160604



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