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ヒビキとコトネ




拭っても拭っても目に入り込む大粒の雨で、視界は酷く不明瞭。景色は暗く濁った灰色にぼやけていて、通りなれた道がまるで別物に見えた。
「はぁ…こんな土砂降り、予想外だよ」
ボヤきつつ、半分開かない目を凝らして道の先を見据えると左手の方に白く尖った連なりがある。
たぶん《つながりのどうくつ》程近くの、柵。
洞窟の中に入ってしまえば雨風を防げる。冷え切って疲れた体も一休みすればまた元気になれるだろう。
「マリル、もう少しだから。がんばろーな」
肩にしがみついて、風に飛ばされないよう必死に耐えてる相棒に声をかけて、残りの道行きを急いだ。


「……あ〜、ヒドい目にあったー」
どうにかたどり着いた洞窟の出入り口。雨の降りかからない場所まで進んでぐっしょり濡れた上着を脱ぎ、ようやく息をつく。マリルも肩から飛び降りると体を震わせて纏わりついた水を払っていた。
「ヒビキ?」
「へ?」
唐突に名前を呼ぶ声が近くからして、しかもそれは普段電話で聞くことの方が多い声だったから、びっくりして反射的に辺りを見回してしまう。
「コ、コトネ?」
薄暗い洞窟の壁に背中を預けて座り込んでいたのは、幼なじみの女の子。膝に彼女のパートナーのマグマラシを抱えて目を丸くしてた。
「うっわ〜、ずぶ濡れだね…大丈夫?」
コトネは勢いよく立ち上がるとマグマラシを腕に抱き直してこちらにぱたぱた駆け寄ってくる。その彼女の衣服は乾いたままだったから、雨宿りで足止めをくらったんだろうと分かった。
「ついてないよな、お互い」
笑って見せたがコトネは心配そうに眉を寄せて、慌てて鞄を漁り出す。不思議に思って見つめていた僕の眼前にタオルが差し出された。
「え?」
「使って。濡れたままだと風邪ひいちゃうよ」
「で、でもさ…汚れるだろ」
豪雨の中、風に逆らって走ってきたから、そりゃもうスニーカーは泥だらけだし、剥き出しの足やら上着やらも跳ね上げた泥水で無惨な有り様だ。かわいい柄物のタオルを汚すのは申し訳ない。
「もーっ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「うわ…っぷ…っ」
「ほらほら、動くと水気とれないよー」
タオルに手を伸ばせずにいる僕を見かねてか、コトネは自らの手で顔を拭いてくれた。更に僕が被ってる帽子を脱がせると、その替わりに乗せたタオルで髪の毛まで拭いはじめる。
「あーあ、帽子あってもこんなに濡れちゃってる…」
柔らかいタオルが包み込むように髪を撫でてく。優しい手の与えてくれる感触が気持ちよくて、少し気まずい。僅かに低い位置にある大きな瞳が薄い茶色であることとか、ほっそりした肩や腕、薄い皮膚に包まれた華奢な鎖骨。普段意識しないでいるそれらがどうしても目に入ってしまう。
つまり、ものすごく、近い。
「………っ」
気が付いてしまうと、もうダメだ。顔に熱が集まってきて、あつい。
「…ヒビキ?」
視線の置き場も体の動かしようもなく、ぐらぐらしだした僕を覗き込むようにまっすぐ見つめてくる瞳に、体温は上昇するばかり。



雨はまだ止む様子なく、ここは軟らかい檻に閉じられたまま――

しばらくは、下がることのない熱を抱えてキミと共にいるしかないようだ








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あきゅろす。
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