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まよなかのまよいご(超ポケダン/ブイゼルと主人公)




カーテンのない窓から見えるのは半分の月。
人間の姿を失い、かと言って本来はポケモンでもない――中途半端な今の私みたいだなとぼんやり考えた。


最初は戸惑っていた四足での生活もしばらく過ごせばそれなりに慣れるもので、干し草のベッドに丸まって寝るのも充分な休息を取れるようになっていたけれど…。
今日はどれだけ待っても眠気は訪れてくれないようだ。
隣では規則正しい寝息を気持ちよさげにたててるリオルのクロウ。月明かりに照らされ更に蒼を深めた毛並みと健やかな寝顔をちょっと眺めた後で、私は彼を起こさないよう静かに立ち上がると足音を殺してそっと部屋を出た。


両側に部屋が並ぶ廊下は直接明かりが差し込まずに薄暗い。調査団のみんなも寝静まり、いつもの騒がしさは欠片もない廊下は何だか不思議な感じがする。
村を出てからこっち、起きてる間はいつもクロウが側にいたから、そう言えば独りきりで行動するのは初めてかもしれなかった。
一度おもいっきり身体を伸ばして、少し散歩でもすれば眠くなるかもしれないとエントランス方向へ歩き出した――その時。
「子どもはとっくに寝る時間だぞ、トウリ」
後ろからかかった声にびっくりして振り返る。
私とクロウの隣の部屋、入口から姿を見せたのはオレンジの長い毛並みを持つ鼬に似た一匹のポケモン。
「ブイゼル…」
「こんな時間に外に出ようとするのは感心しないな。お前、なんか厄介なのに狙われてんだろ?」
真剣な声で諭され、反射でごめんなさいと謝った。
「…でも、そんな遠くに行くつもりはなかったよ?」
「そういうことじゃねーだろ。何かあってからじゃ遅いって言ってるんだよ」
呆れたように溜め息をついて肩を竦めてみせたブイゼルは、廊下の先を指す。
「夜更かし好きのお子さまは夜遊びに出掛けるよりもオレと一緒にこっちだ」



◎●◎



ことんと小さな音をたて目の前に置かれた木の器からは、白い湯気がふわふわと立ち上った。
「…ブイゼル、これ…?」
「ホットモーモーミルクだ。…モーモーミルク、飲めないとか言わないよな?」
「それは大丈夫だけど…」
「そりゃあ良かった。ほら、冷めないうちに飲みな」
手を使って飲むには向いてない身体を気遣ってくれたのか、ブイゼルが用意してくれたのは浅めの平たいお皿だ。ふわふわ立ち上る湯気からはミルクのものだけじゃない、柔らかくて甘いにおいがする。
ほっとして、落ち着く――なんだか懐かしいにおい。
誘われるように舌先をつけてみると、こっくりした甘さが口の中に広がった。
「おいしい…」
「おう。ミツハニーの蜜、旨いよな」
やっぱり私と同じで物を掴んだり握ったりするには難しそうな獣の手で、ブイゼルはそれでも器用に両手の間にお椀っぽい器を挟んで持っている。こっちを向いたその顔は鼻の下辺りから口にするのはの周りにかけてミルクの泡がくっついていて、白い髭みたいだと思ったら自然に笑いが込み上げてきた。
「ふふっ…、ブイゼルおじいさんみたい」
「ようやくしかめっ面じゃなくなったな」
「え!? そんな顔してた?」
「してたしてた。眉間にシワ寄った、ゴロンダみたいな顔」
「ええ!? うそ!」
さすがに女の子としてそれはイヤだ。慌てて前肢でごしごし眉間を擦る私を眺めていたブイゼルが吹き出す。
「……からかった?」
くつくつと笑いの余韻を残す顔を恨みがましく見つめれば、彼は口周りの泡をべろりと舌で拭い――そして真面目な表情に戻った。
「で、なんで寝れねーんだよ?」
「…それは…」
言い淀んだ私の頭を毛皮に覆われた大きな手がぽんと叩く。
「まあ、記憶がなくてよく分からない奴に狙われてるとなれば不安だよな。でも、言っただろ? お前はオレ達が守ってやるって。警戒は必要だろうけど、もう少し気楽に構えててもいいと思うぜ」
「だけど、それに甘えていいの? 私がここにいたらオーベムたちの襲撃にみんなを巻き込むことになる。ううん、オーベムたちだけじゃない。彼らの後ろにもっと恐ろしい相手がいるかもしれないのに」
「お前は子どものくせにめんどくさいこと考えるなあ」
心底呆れたとばかり大仰に顔を歪め、ブイゼルは先を続けた。
「いいか? 一匹で出来ることなんて大した事ねーんだから、お前はもう少し周りを信じて頼れ。誰も迷惑なんて思わないからな」
「な、なんで…そこまで…」
「そんなのお前が仲間だからに決まってるだろ」
「…なかま…」
茫然とその言葉の意味を反芻する私にすっきりと笑ったブイゼルが、言った。
「それになあ、トウリ。男は一度口にした言葉は違えたりしねーんだよ。 何度でも言うけど、お前のことはオレ達が守る。オーベムでも、それより強い相手でも絶対にな」




まよなかのまよいごとおとなのかくご



ああ、もう――胸の中がぎゅうぎゅうして言葉は出ず、私は目を閉じる。
目の前にある事を一生懸命やってきたのは間違いないけれど、子どもとして甘やかしてもらって、その上でこんな風に仲間として認めてもらえるだけのことはしただろうか。
記憶がなくて、何故か追われていて、極めつけにポケモンしかいないはずの世界で元人間だなんて…自分で言うのもなんだけれど厄介なトラブルメーカーでしかないのに。
頼れ――なんて。真っ直ぐ告げてくれる、そんな『おとな』が傍にいてくれる。これってきっと、すごい幸運なことだ。
黙りこんだ私の背中をぽんぽんと叩くブイゼルの手。
温もりと励ましが伝わる熱を頼るように、私は少しだけ、そっと身を寄せた――。









「……まあ、気楽にしてろとは言ったけどな」
背中を撫でてやってるうちに寝てしまったトウリ。不安が軽くなったのならそれは良かった――が。
「どーしろってんだかなあ…」
寄りかかってぐっすり眠りに落ちてしまった幼い寝顔を肩下辺りに見て、ブイゼルは自由な方の手で頭を掻いた。
「うごけねーし…つーか、ふああ〜…オレもねみー…」
叩き起こすのも不粋ってものだし、選択肢としては起きるまで待つか部屋まで運んでやるかといったところだろう。
ただ、問題はこの急激な眠気だった。
さすがはほのおタイプ、フォッコであるトウリはぽかぽか体温があたたかい。くっついてるところから移る熱が眠気を助長する。
重たい瞼に押されて狭い視界で取り敢えず周りを確認。
食事時にはこぼれ落ちんばかりに木の実や果物で埋め尽くされるテーブルにはからっぽの器が二つ。奥の窓から差し込む月明かりが青く染める室内は静寂が居座っていて、ここが喧騒で溢れる時間にはまだ遠い。
食堂の主と言うべきペロッパフが自分の仕事に現れるまでも当分の間があるだろう。
つまり、しばらく居座っていても邪魔にはならない。
「………。まあ、カーペットの上なら体も痛くならないよな」
よし、と回らない頭を適当に納得させ、懐に小さな体を抱き込むとブイゼルはその場に転がった――。


「オヤスミ。また明日、な…」






――それからしっかり寝過ごして、朝食の準備に出て来たペロッパフに見つかり一騒ぎになったところでデンリュウやアーケン、更にはクロウまでもが加わった騒動に発展するのだが――それは未だ夢の中に在る二匹には与り知ることのない未来だった。













15.10.16


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