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素直な言葉を知ってても(超ポケダン/主人公とパートナー)





きつい山越えだったと思う。高低差のある長い道行きも、見通しの悪い曲がりくねった道での連続した戦闘も、――そこを二人だけで切り抜ける経験も。初めて尽くしをどうにか乗りきってようやく休めそうな峠にまで辿り着けたのだから、身体も精神的にも疲れきっていた。
夢も見ずに眠りを貪り朝を迎えてもおかしくなかったのに、私は何故か眠れずにいる。
元の人間の姿なら耐えられるはずもない、石でごろごろした地面の上。今はポケモンの、長い金色の毛皮で包まれた小さな躰を幾度となく寝返らせた後、私は諦めて目を開けた。
頭上には見たこともない、数え切れないほどの星が煌めいている。皓々と白くまたたく星々に混じり、赤や黄色、青い星が宝石のようにきらきら光を放っていた。
「…確か、温度で色が違うんだったよね」
記憶がないのにこんなことばかり覚えてるのもどうだろうと思うけれど、確か星はそれぞれの表面温度によって人の目に見える色の違いに繋がっているという。温度の低い星ほど赤く、高い星ほど青く見える。
――こちらでもそうかは分からないけど。
「…記憶、か」
自分の名前。人間だったこと。日常を過ごすのに最低限必要なこと――そんなことは覚えてる。
でも、どんな人間だったのか、どんな人たちが回りにいたのか、性格は、趣味は、どんな生活をしていたのか……考えても考えても何一つ思い出せない。
はあ、と大きく溜め息がもれたのと同じくして、隣でごそりと身を起こす気配がした。
「トウリ? 起きてるの?」
「クロウ。う、うん…」
起こしてしまっただろうか。ちょっとためらいながらも返事をして、私も起き上がるとクロウの方へ向き直った。
うるさかったのかと不安に思った気持ちは、彼の顔を見た瞬間に吹き飛んでしまう。
リオルの紅い瞳は夜空を彩る星に負けないぐらい、好奇心できらきら輝いていた。
「やっぱり寝てられないよね! 今日の冒険、すごく
楽しかった。いっぱいきつかったけど、それ以上にあの山を二匹で越えられたこと、すごいと思うんだ。明日には街につくと思うけど、そこには何が待ってるんだろうと思ったら、わくわくして止まらないんだ!」
一息に言い切って明るい笑顔を見せる彼に半ば呆れ、それ以上に感心して、私は小さく笑った。
「……すごいのはクロウだよ」
「…え?」
きょとんと目を丸くするクロウには言うべきじゃない悩み。落ち込むことも多いけど、いつだって前向きで立ち直りの早い彼をきっと困らせてしまうに違いない言葉は、そうは思っても止められずに口から溢れ落ちていた。
「私が眠れないのはわくわくするとかじゃなくて、不安…だから。いくら記憶がないっていっても、クロウは自分に大切な人たちがいた事まで跡形もなく忘れてしまうと思う?」
おだやか村でのみんなと繋がりを持つ中で膨れ上がっていた不安の正体。
クロウを大切に想うからいつも危ない事をすると真剣に怒っていたアバゴーラ。
体調のすぐれない母親のために栄養のあるものをと危険も顧みず出掛けたスボミー。
友だちのためにいくつも一緒に危機を乗り越えた学校のみんな。
それに、見ず知らずの私を拾ってくれて親切にしてくれたコノハナ――。
親。友だち。知り合い。
大切な、なくしたくはない繋がりを人間の私が持っていたなら、そういう存在が在ったことすら綺麗さっぱり忘れてしまえるものなのか。
……もし、人であった私に最初からそんなものはなかったら……。
「トウリって変なところで心配性だよね」
「ええ!?」
真剣に悩んでたことをあっさり一言で切り捨てられ、私は目を剥いた。抱えた胸の痛みもさっくり切り取るようなあっけらかんとした声音に言葉を失う私へ、クロウは不思議そうな顔で首を傾げる。
「トウリがたまに難しいこと考えちゃうの、元人間だからかな? でもさ、人間だったトウリに大切な相手がいないわけないよ」
「な、なんで…」
私自身が覚えてないことをどうしてそんなにはっきり言い切れるのかと、震える声はちゃんと言葉にならなかったけれど。
クロウはごく当たり前だとでも言いたげな明快そのものの笑顔で、言った。
「だって村のみんなはトウリのこと、大切に思ってたよ。短い間でもトウリが信頼出来るポケモンだって行動で示してくれた、そんなキミに人間だからって大事な誰かがいないわけない」
行動力があって付き合いもよくて優しいこと、みんなに伝わってるよ。そんなことを真っ直ぐに言ってくるクロウには本当にかなわない。
そんな大した人間じゃないよ、と小さく首を振った私にクロウは満面の笑顔で更に言葉を重ねた。
「それに、ボクはトウリが大好きだよ!」




素直な言葉を知ってても


あまりにも純粋な好意を真正面からぶつけられ、私は撃沈する。
「記憶がないのは大変だろうけど、そんなに落ち込まないで! おだやか村だってトウリの帰る場所なんだからね!」
ぱったり地面に伏せて腕に顔を預けた私を心配してくれて励まそうと一生懸命な彼に返せる言葉は一つしかないだろうけど、それを口にするのは気恥ずかしいと思われて――私はただ、ひたすら寝たふりをきめこんだ。








今は伝えられない『 』は、きっとそのうち言葉にできるだろう。
その時は、笑顔で――。









title.『ひよこ屋』さま
15.10.12



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