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ミズチと(メガテン)




その日のあたしは、暑い気温に脳の奥まで溶かされていたらしい。



じりじりと肌を焦げ付かせるばかりの、人間にとっては凶悪極まりない太陽を浴び、純度の高い水晶のようにきらめく透明な水の躯。目にも涼やかなそれを見て沸き上がったのは、噴水に飛び込む幼子の心境というのが一番近い。
ふやけた頭で欲求のまま口にしたお願いに返ってきたミズチの声は、完全に呆れかえったものだった。
『…我ノ胎内二入リタイナド、正気ヲ疑ウゾ。娘』
「だって気持ちよさそうなんだもん。ちょっとでいいから!」
お願いお願いと、たゆたう水の流れを連想させながらも突き抜けることのないその躯をぺしぺし叩く。透き通ったミズチの躯の向こう側でナーガが何か言いたげな表情を血色の眼に滲ませてこちらを見ていたけれど、今あたしが求めるのはきっと涼をくれるに違いないミズチ(の水の躯)だけなのだ。じいっと、碧がかった黒い双眸を見つめる。
彼は喉の奥で唸り声を上げたが、やがて諦め半分にあたしから見ればだいぶ上にある頭を上下させた。
頷いた、それは了承の証。
唐突にとぷんとミズチの躯に触れていた手が沈む。ひんやりとした水に包まれた部分から更に強い力がかかって、瞬く間にあたしの身体はミズチの中へと引き込まれていた。
気持ちのいい冷たさが身体全体を覆う。視界はゆらゆらと揺らぐ水と光がいっぱいに満たした。焼けつく日射しも水中からの眺めとなれば綺麗なもので、暑さが吹き飛ぶと同時に現実から遊離したきらきらしく見える景色に目を奪われる。
――しかし、涼しさと光の屈折で織り成される揺らぐ風景が楽しめたのは数十秒。ただの人間であるあたしに鰓呼吸の能力はないわけで、全身が水中にあっては酸素が供給されない。
息苦しさに焦って外へ出ようとしても、それにはミズチの意思が必要だった。
水の躯の内側に閉じ込められた状態で、声では伝えられない「出して」の言葉をどう理解してもらえばいいのか。
から回る思考に焦るばかり。唇の隙間から肺に留めておけない空気が細かな沫となって水中を上へと昇っていった――。



薄青さに融解




『…なあ、ミズチよぉ。小娘死んじまいそうだから、そろそろ解放してやった方よくね?』
『……仕方ノナイ』


『脆弱ナ人間ヨ、此二懲リテ楽二涼モウナドト思ワヌコトダ』
意識が落ちるほぼ直前、ようやくミズチの胎内から放り出されたあたし。ずぶ濡れでぐったり地面に横たわったまま上から降ってくるお説教に返事は出来ない。やっと肺に送られる酸素を必死で取り込むための荒い呼吸を繰り返しながら、あたしは生きていることの素晴らしさを実感していた。


『メイよぉ、お前あんま考えなしの行動してっと、ただでさえ短い命を無くすハメになっちまうぞ?』
蛇身をくねらせて近くに来たナーガが上体を屈ませあたしを覗き込んで言うその言葉に反論はない。
身体どころか心の底から冷えきったけど、もうこんなこと絶対頼んだりしない。
この崩壊しかけの世界でせめても細く長く生きながらえたいのが、最低限の望みなんだから。











溶けてるのは書き手の頭だ。



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あきゅろす。
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