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――俄には信じられない事態というのは、日常の延長にこそ唐突に訪れるものであると……起こってから理解できるんだなあって。
知ってしまった現実にわたしは暫く呆然とし、…立ち直るまでにはまだまだ時間を要しそうだった。



リオルも一緒に、ロコンと共に家に帰ったわたしを迎えてくれたお母さん。
普段よりずっと遅くなった帰宅とそれとなくぼろぼろの格好に心配し、更には傍にいるリオルに驚き、ここに至るまでの経緯を説明するわたしの話で満面の笑顔になった。あまりに予想外の反応でぼうっとしてるわたしに向けられた言葉は、もっと斜め上のもの。
「そう、貴女もようやく決心ついたのね!」
「…はい?」
「今までロコン以外のポケモンとは関わらず、時々バトルを受けるだけで博士のところに行こうともしない。てっきり旅に出る気なんてないのかと思ってたけど、漸くこの日がくるなんてお母さん嬉しいわ」
「え、あの」
何故か盛大な誤解が生じたようだ。伝わっていない事を説明しようと口を開こうとするも、どこかの乙女と紛うばかりに両手を組んでうっとり言葉を重ねる彼女には届かない。
「将来どうするのかしら、このまま引きこもり一直線かしらと心配してたけど、リオルを仲間に出来るなら安心ね。きっとこの先も色々な出会いが貴女を成長させてくれるわ」
「ちょっと、待って…」
「大丈夫、任せて。もしかしたらこんな日がいつか来るかもしれないと、旅立ちの準備は済ませてあるから!」
「!!」
もう訳が分からない。何でこんな話の流れになってしまったんだろう。
硬直してしまったわたしに、上機嫌のお母さんはしっかり荷造り終了されているバッグを押し付けた。にこやかな笑顔が鬼に見える。
「はい。当面の必要なものは入れておいたわ。タウンマップも中に入ってるから、ここからは少し遠いけどちゃんと博士のところにご挨拶に伺うのよ。ロコン、リオル、ぼんやりした子だから面倒かけるかもしれないけど、よろしく頼むわね! それじゃあみんな、気をつけて行ってらっしゃい」
言い返す間さえ与えてはもらえず。
バタン、と無情にも目前で閉まるドア。
なにこれ、どういうことなの。
「…………………………………………………………………………………、…………………………追い出された……?」
掠れた声で呟いたわたしの腕をロコンが励ます態でてしてしと叩き、隣に立つリオルも気遣わし気な視線を向けてくれてる。
「…………えっと、なんか……ごめんね」
完全に巻き添えにしてしまった彼らに謝った。
わたし自身泣きたい気分ではあったけれど。


オープニング


長いこと頭の中が真っ白のまま立ち尽くしていたけれど、しばらく閉じられた玄関を見つめた後で深呼吸してみる。
正直いきなり旅とか実感が湧かないし、野生のポケモンは怖い。バトルだって得意じゃないし、何をどうしたらいいのかだってよく分からない。
――でも、今手の中にあるバッグと、開かれる様子のないドアが現実なら受け入れるしかないじゃない。
「ロコン、ごめんね。また危ないこと、いっぱいあると思うけど、付き合ってくれる?」
木炭のような色合いのまるっこい眸を見て訊ねると、彼は力強くひとつ頷き肯定の鳴き声を返してくれる。
これまでも一緒にいた彼がこれからも一緒にいてくれるなら、一人じゃないなら、きっと何とかなるだろう。
「ありがとう」
ロコンの頭を撫でた後で、わたしはリオルに向き直った。
真っ直ぐに見上げてくる紅の双眸。
出会ったばかりのわたしを助けてくれて、ここまで守って来てもくれた。過ぎるぐらいの親切を受けて、これ以上を願うなんて申し訳ない気分でいっぱいなんだけれど。
「――リオル」
「くぁんっ」
言葉を選びつつ口を開き掛けたのを遮り、リオルの一声が響く。
コダックから庇ってくれた時とおなじ、頼もしい響きに半ば信じられない気持ちでわたしは訊ねてみる。
「…一緒に、来てくれるの?」
問いかけに頷き、恭しささえ漂う仕草でリオルはその場に片膝をついてみせた。
まるで姫君に忠誠を誓う騎士のようだ。
…………それが自分に向けられた行動でなければ、感嘆していたかもしれない。その昔、とある女王様に仕えていた英雄と弟子のポケモンの物語を読んだことがあって、素敵だなあと憧れたこともあるし。
でもわたしはそんな大層な存在じゃない。
慌ててリオルの手を取ると、立つように促す。わたしの行動にどうしてかびっくり丸くなっている眸を覗き込んで、不安だらけの正直な気持ちを言った。
「あのね、わたしはこれまで街から離れるなんて考えたことなかったし、バトルも積極的にしたことがないの」
情けないこと告白してると自覚はある。
同じ年頃のみんなはポケモンをパートナーに当然みたく旅に出て行ってるし、バトルだって平気でこなしてると知っていた。
目と目が合ったらバトルの合図、売られたバトルは買うのが礼儀――それが割とスタンダードに受け入れられているルールである以上、怖がって足踏みしていては先に進めない。
この世界は、ポケモンたちとの関わり合いで成り立っているのだし。
でも分かっていても怖かった。
知らない場所へ飛び出して行くことも、自分の力で進む方向を決めて全部の行動に責任を持つことも。
「だから、きっといっぱい迷惑かけてしまうし、大変だと思う。それでも、…いいの?」
黙って話を聞いていたリオルはじっとわたしの目を見詰め返し、ゆっくりと頷いた。繋がったままの手にもう一つ黒い体毛に包まれた獣の手が重なる。
伝わってくる、温かいような切ないような感情。
――会ったばかりのわたしにどうして、とは思うけれど。
拒む理由はどこにもなくて、わたしももう一方の手を重ねると微笑んだ。
「…ありがとう。とっても心強いよ」


見開かれた紅の双眸に震えるような感情が過ったと感じたのは気のせいだろうか。
リオルは目を閉じると、深々と頭を垂れた――。




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