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やさしいてのひら(12'サイモン誕)



ゴールデンウィークも終わりに近付くその日、やっぱり60階通りはたくさんの人で溢れていた。性別も年齢も雑多な人波の間を軽やかにすり抜けて進む三好は、程なくして探していた姿を見つける。
どんなに周囲が人でごった返そうとも、人並み外れたその巨躯は他に紛れることはない。黒い肌。背も身体も大きな、ねじり鉢巻に板前服の大男は今日も道行く人たちにチラシを配っていた。


「サイモン」
最後の一枚を配り終えたのを見計らったようなタイミング。穏やかな笑顔で駆け寄ってきた赤毛の少年に、サイモンもまた厳つい顔に笑みを浮かべて出迎える。
意識しているのかしていないのか、三好が現れるのはいつも絶妙な間を持っていた。
「オー、ミヨシ。今日も元気二走リ回ッテールネ」
白眼の目立つぎょろりとした目や厚い唇や、彫りの深い顔立ちは一見恐く見えるが話す声音は片言ながらも優しい響きを含んで耳朶に届く。そのことを嬉しく思いつつ、三好は手にしていた小さな袋を差し出す。
リボンの止められた紙袋。
「ミヨシ?」
疑問顔で自分を見下ろすサイモンに、三好は口を開いた。
「誕生日、おめでとう」
びっくりした表情は予想もしてなかったと如実に顕れていて、三好はそっと微笑みを向ける。
「サイモンにはいつもお世話になってるから」
受け取ってもらえたら嬉しい、と。
心からの祝福の言葉にサイモンは、大きな手の中に差し出された小さな袋を受け止めた。
「ワザワザ用意シテクレタネ……アリガート、ミヨシは、優シイ子ネ」
「…優しいのはサイモンだよ」
頭を一掴みにしてしまうほど大きな手が苦笑した三好の頭を撫でる。それは大人の、親や年の離れた兄弟が幼い子供に対するような手付きで。
甘やかし方を知っている手だった。
これまで子供扱いをされた記憶は余りにも少なく、それ故に池袋に来てから差し向けられる周りの大人たちの優しさは三好に安心できる温もり与えてくれた。
混沌とした人間模様が描かれるこの街は、いい人間ばかりではないと知っているけれど。
人を傷付け、昏い場所に蹴落とすことを躊躇わない人間もたくさんいるのだと知ってはいるけれど。
――だからと言って悪い人間ばかりでもない。傷付くことを憂い、傷付かないようにと願ってくれる人間も確かにいるのだ。
身近な“大人”として、サイモンやデニスはその筆頭とも言える。
正面からの力比べでは静雄に引けを取らず、時には喧嘩の仲裁に入りながら向けられる怒りも受け流してみせる。他者への気遣いを忘れない。何より、三好はサイモンが誰かの事を悪く言うのを聞いたことがなかった。
懐の広い大人。
見上げてくる三好の双眸に羨望と共に何か切なさに似たものを見て取り、サイモンは父のような、兄のような包み込む優しさを持つ声音で問い掛ける。
「ミヨシは優シサ二ハ強サガ大事、思ウネ? 」
三好は少し目を伏せると、小さく首を振った。
「…でも、力があれば出来ることもあるから」
同等の――もしくはそれに近い力があれば。怒りに我を忘れて壊したくないものを壊して、周りも自分も傷付けるあの人を止められるのでは、と。
人の身でありながら人為らざる力を持つ静雄の暴力を諫めることが出来るのは、生半可な訓練や鍛練で身に付く力ではない。生まれながらの才能に卓越した身体能力と積み重ねられた経験があってこそ、成せる技と思う。
細く小さな手を拳の形にした三好。その手に厚くて大きな固い手が重なり包み込んだ。手のひらに拳をすっぽり収められ、三好は目を瞬かせる。
「サイモン?」
「ミヨシ。自分ノ手ガ持つ力、信ジルイイネ。殴リ合イに長ケルダケガ強サ違ウヨ。必要ナ時、傍二アル、差シ伸べラレル優シサも力ネ。人トノ間二立ッテ、絆ヲ紡グも力。ミヨシの手ハ優シクテ強イ。ソレがシズオノ救イ二ナッテルヨ。ミヨシガ来テカラ笑顔、増エタヨー」
そうだろうか。そうだといいけれど。
ありがとう、と頷いて三好ははっとなった。
話の流れにも、名前も出してないのに、サイモンは静雄と言った。気持ちを見透かされたと思えばひどく恥ずかしい。
――それに誕生日をお祝いに来て励まされていては本末転倒もいいところだ。
自分の手に重なる、温もりをくれるサイモンの手を見つめて三好は朧気な微笑みに頬を緩めた。
「……やっぱり、優しいのはサイモンだよ」



2012.05.05
ハッピーバースデー サイモン!





それじゃあお仕事中に邪魔してごめんなさい、そう言って立ち去りかけた三好の頭をサイモンは撫でた。
「今度、シズオと一緒二寿司食べ来ルネー。楽シイ時間でオ腹イッパイ、ハッピーヨ。オ店モ賑ヤカ繁盛、皆幸セ、ハッピーネ!」
オ代ハ時価、安クテ安心ネーと笑いかけられ、三好はにこりと微笑して頷く。
美味しいものを食べながら楽しい時間を過ごす――それは確かに何物にも替えがたい大切なことだ。
助けになること、力になること。目指す目標は遠いけど、今の自分自身でも気分転換には付き合えるから。
一つでも多く、笑顔を作れるように。
人の輪の中にいられるように。
皆で作る楽しい思い出が増えていくように――そう思った。

孤独ではないと知ること、それはきっと大きな力になる。






「おぅ、戻ったのか。サイモン………何持って帰って来たんだ?」
「ミヨシに誕生日、祝ッテモラッタネー」
「ほぅ、坊主がねえ。…律儀なもんだ」
「お魚クッキー、カワイイネ」
サイモンが小さな袋から取り出したのは、まるっこくデフォルメされた鯉のぼり型のクッキーと、菖蒲の花一輪が添えられた柏餅。
デニスは厳しく締まった口元を僅か緩めた。
「立身出世に武運長久の祈り、そして邪気払いか。誕生の祝福としては最高かもしれねえな。坊主も粋なこと計らうもんだ」



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