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手を伸ばすその先に(静雄さんVSデリ雄さんと)



金色の髪。背の高い、均整のとれたすらりとした体型。
よく知った姿を持つその人は、公園を横切ろうとしていた僕の前に唐突に現れたように見えた――。


目の前にいる、その人。とっても馴染みのある姿をしていたけれど、同時にそれがもの凄い違和感をもたらしていた。
黒と白で構成されたバーテン服を纏っているはずの体は、眩しいばかりの白いスーツに包まれている。シャツやボタン、革製の靴は目にも鮮やかなショッキングピンクだ。左耳には白とピンクの四角いフックタイプのイヤホンらしいものが付いていて、右手に持った携帯プレーヤーっぽい何かとコードで繋がっている。目立つ。元々がとても目立つ容姿なのに、どうしようもなく目立っていた。
何より、サングラスで隠されていない青い双眸が、夜明け前のように気怠げな光を宿して僕を見下ろしている―――青い瞳。
その色も、身を取り巻く雰囲気も、違う。
「……どちら様ですか?」
鏡に映したようにそっくりで、でもだからこそ、この人は違うと確信出来た。静雄さんじゃない。
真っ直ぐに目を合わせて訊ねた僕をその人は面白そうに口角を上げて見返すと、低い声音を紡ぐ。
「お前。良い音響かせてんな」
低い声もやっぱり記憶にあるものと重なって、しかしそれより幾分と艶を含んで鼓膜を揺さぶる。
大きな手が伸ばされるのをぼんやり見つめる僕の胸の上、ぴたりと手のひらがあてられた。

胸。というか――どくり、と大きく鳴った心臓の上。
触れたところから、不思議と躯に響くものがある。ざわつくような、猛々しいような、…哀しいような―――音?
言葉にするのは難しい感覚に首を傾げた時。
「てめぇ何してやがる三好から離れやがれこらああぁぁっ!!」
ノンブレスの雄叫びとべきべきごきん、という破壊音と空気を裂く音。ざくりな感じの貫通音が空間を刹那に貫いた。すぐ近くの地面に、公園入口になくてはならない車止めの鉄柱が突き刺さってる。
白とピンクを纏う池袋最凶瓜二つの男性と僕を遠巻きにしていた人垣はいつの間にか二つに割れていて、開かれた道の先には金髪・サングラスにバーテン服の、
「静雄さん…っ」
呼び掛けには真剣な眼差しと力強い笑みが返ってきた。
「その痴漢野郎からすぐ助けるからな」
安心しろ、と振りかぶられる街灯。違う、そうじゃない。でも誤解を解く暇はなさそうだ。
間に合わないかもしれないけど、とにかく危険なのは間違いないので逃げるよう白スーツの男性を促そうとした。
それより早く彼は僕をそっと横へ押しやり、受けて立つとばかり右手を掲げた。
「いい度胸じゃねえか、くたばりやがれ!!」
腹の底からの怒声にのせて渾身の力を込め、凶悪な投擲武器と化した街灯が飛来する。
もの凄い風切り音を立てて飛んできたそれはしかし、白スーツの彼の手のひらによって阻まれた。ぱちぱちと、火花が弾けるに似た音を聴いた気がする。
握り止めたとか、そういうことじゃない。街灯の先端は彼の手に触れることなく、つながった長いポールも水平を保って宙に浮いていた。
「…危ねぇなあ、こいつに怪我させたらどうする」
は、と息を吐き出して彼が軽く手首を振ると、街灯は地面に落ちた。金属と石がぶつかり、重く嫌な音を立てる。
「てめぇ…、何者だ」
ぎしり、と静雄さんが犬歯を軋ませ彼を睨む。が、彼は介さず自分の手を見つめ、やれやれとでも言いたげな仕草で首を振った。
手。それが電波状況の悪いテレビみたいにブレている。
「…どうやら、まだ“完璧”じゃねぇようだ」
「…え?」
ぽつりとした囁きは僕しか聞こえなかったはずだ。完璧。何が。首を傾げる僕に彼は視線を流し、歪んでぼやける長い指先を伸ばす。
触れるか触れないか、僕の心臓の真上。
「お前の音、今度はもっと近くで聴きてぇな」
柔らかな囁き。夜明け色の双眸が溶けるような笑みを浮かべて細められた。
そして。ブレる手の歪みが全身に広がっていったかと思えば、光る砂のような粒子へと変わり、声の響きと笑顔を残して彼は消えてしまった。
「……」
「三好!」
「わ」
駆けつけてくれた静雄さんにがしっと両肩を掴まれる。ちょっと力加減が出来てないのか、痛い。
「大丈夫か?」
やたらと真剣な眼差しで顔を覗き込まれ、僕は少し怯みながらもこくこく頷いた。別に大したことはされてない。
「…でもお前、あの痴漢野郎に触られてただろうが」
痴漢って、過剰反応ではないだろうか。そんなやらしさはなかったし、僕は男だから薄っぺらい胸に触ったところで楽しくもないはずだ。誤解ですよ、と説得しつつちょっとした疑問が頭をもたげた。
そういえば『今度はもっと近くで』と言われた。
心臓を、もっと近く。
「…僕、心臓を抉り出されるとこだったんでしょうか」
「………………お前、もっと危機感持て」
何故か静雄さんががっくりと項垂れ、次いで頭を抱き込まれた。不規則に速く脈打つ心臓の音が聴こえる。
「お前は無防備だから、…心配になる」
震える吐息が頭頂をくすぐって、何故か僕まで心臓がどきどきした――。







お前のぬくもりがあってほしい




「…なんか、気分悪ぃもんだな」
「え?」
「俺と同じ顔の、俺とは違う人間がお前に触るってのもよ」
「……ええと……」
「あんまり、隙作んなよ」
「…………気をつけます」






1月下旬から2月までの拍手文でした。


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